日本への原爆投下について 広島も長崎も空襲警報は発令されなかったと聞きましたが何故なんですか?

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長崎への投下は元々は小倉に投下する予定だったので、小倉上空でB29の編隊が日本軍からの攻撃を受けている。 ”小倉上空での3回もの爆撃航程失敗のため残燃料に余裕がなくなり、その上「ボックスカー」は燃料系統に異常が発生したので予備燃料に切り替えた。その間に天候が悪化、日本軍高射砲からの対空攻撃が激しくなり、また、陸軍芦屋飛行場から飛行第59戦隊の五式戦闘機、海軍築城基地から第203航空隊の零式艦上戦闘機10機が緊急発進してきたことも確認されたので、目標を小倉市から第二目標である長崎県長崎市に変更し、午前10時30分頃、小倉市上空を離脱した。” そして撤退すると見せかけて半ば命令違反で長崎への原爆投下が強硬されたわけで、だから投下目標を大きくそれた無茶苦茶な投下がされたわけで。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:2021/12/3 0:19

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普通の空襲では沢山の飛行機が編隊を組んでやってきます。広島に飛んできたのは4機長崎に飛んできたのは6機です。 広島にきたものも長崎にきたものも日本の防空レーダーに捕捉されています。広島の場合ははじめての投下でしたので、原子爆弾を投下するかどうかなど現地の防空部隊やレーダー部隊が知るはずがありませんでしたから4機程度なので偵察だと思ったようで警戒警報を一応出しただけです。 長崎の時には広島とだいたい同じパターンですので空襲警報が発令されていますが、迎撃が間に合わなかったのです。

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日本側の防空能力の低下により、空襲警報の発令作業中に原爆が炸裂してしまっただけです。もともと日本の空襲警報は、敵編隊が爆弾落とし始めてからようやく発令されるなんてのは珍しくないのですよ。

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この頃はすでに高高度の飛行機の情報は察知出来なかった。 制空権はほぼ米軍が持っていたのでどうにもならなかった。

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広島は日本の大都市の中でもきわめて空襲が少ない地域でした。これは原爆の威力がどれほどか実験する目的で空襲を禁止する命令を出していたからです。なので空襲警報が出されていなくてもおかしくはありません

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1万メートル上空に1機が飛んでいるくらいでは空襲にならない。空襲警報が出ると、一切の活動は中断し防空壕に避難する規則だから、爆撃の恐れがないときは警戒警報でいい。

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