この写真で見ると昔の人の着付けは ちょっとだらしない着付けに感じるのは ワタクシだけでしょうか? もしかしたらこれが『粋な着付け』に なるのでしょうか? あと、帯はどのように結んでいるのでしょうか?

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着物、和服 | 日本史758閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました‼️

お礼日時:2021/12/3 21:17

その他の回答(4件)

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これは性格の問題だと思います。 うちに残る昔の写真の女性たちは裾に乱れが全くなく帯もきちんと締めていました。 祖母が長い間着物で同居していましたが、相当の年寄になっても裾の乱れはなく、ゆるりと着ていました。 この女性たちは一般人なのでしょうか。 なんだか水商売っぽいのですが。

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洋服の着方を教室で習わないのと同じで、昔は親が着せ、それを覚えて着られるようになるものです。 今みたいな「誰がみても美しい姿」を求めてないんですよ。 もっと気楽に着てますから、今と比べたらだらしなく見えるんです。 それでも個人差はありますよね。 洋服だって、シワだらけだったり下着が透けてても気にしない人もいれば、あり得ない!という人もいますでしょ?

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うちの祖母は大正生まれなのですが、当時の写真を見るとやはりラフな着方をしてるものが多いです。 普段着着物だからこそですよ。 礼装ではないのでキチッと着る必要なんてないのです。 現代ですがドラマプロミスシンデレラに出てくる大女将も普段着ではラフな着方をしてました。

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これ幕末から明治の開化写真で土産物ではないですか? それなら一般人の生活や風俗、きもの文化など何も反映されていません。 適当に着付けて当時珍しかった写真という土産物として写真館が制作してのでは? 黒繻子の被せ襟は着物の襟を汚れから防ぐための庶民のやり方、それでもこの裾を引きずるほどの長着をモフモフに帯の下でおはしょりしている姿は本来 家庭の炊事洗濯掃除、子育ての雰囲気でもないですものね。 それでもおっしゃる通りに洋服が入ってきてから和服や着物=きものという言葉もできたそうです。 それまではただの服。 だいぶ今と着物の扱いも違いますよね。 それまでは小紋だつけさげだの訪問着だのとは分類せず、お金持ちなどは(今日は大事なお客さんがくるから小袖じゃなく留め袖でお出迎えしなよ)などと袖の形状で普段着かよそ行きかなどを別けて表現もしたそうで、その点は庶民は皆同じ(笑) 今とも似てますが、普段の家着でいるときは着付けとか凝ることもなく、ただ着て縛る程度。 お出かけや来客などのときはもう少ししゃんと着直したりしたようです。 帯は半幅程度で名古屋帯もありましたが大抵は貝の口や文庫、粋なところで角出しや普段の手抜きはただ結んだだけもあったそうで帯締めで最後に締めたりせず帯だけで完結したようです。娘さんは半ダラのようにまん中でつかんで両脇を下げる文庫結びやお金持ちのお嬢さんは今の舞妓さんみたいな帯結びもしていましたね。(反対に江戸末、明治の舞妓は見習いの13~15才の娘に当時 一番上級な世間のお嬢様と同じような姿をさせたことで花街の贅沢さを表したようです)

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