「魏志」倭人伝の投馬國の戸数:五萬餘戸と邪馬壹國の戸数:七萬餘戸の頭にある漢字「可」についてお伺いします。 この2つの戸数は、他の国と違って、下記のように漢字「可」が記載されています。

補足

分かりました。 副詞:「ばかり」では無く、単純に、 動詞:「きく:可能、出来る」なんだと思います。 投馬國の戸数は、五萬餘戸とすることが、出来る(可能)で。あって、「有る」とは違うんですね? もしこの考えに反論があれば、聞かせて下さい。

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ベストアンサー

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良く、人の行動を考えて、分析されておられますね。 その通りだと思います。 「有」に比べ、よく、把握できていない戸数の報告なんでしょう。 「可」の戸数、家数での使い方を中国古典データベースで調べてみました。 すると、「可~戶」では「三国志」以外では例を見つけることは出来ませんでした。 北魏の「水経注」には「可二十餘家」、「可十萬餘家」があって、「家」が万単位でも使われていることを知りました。 里程、人数などの場合は、多くの使用例があり、十単位~万単位までありました。 これは、殆どが「ばかり」の意味だと思われます。 倭人伝の場合、この報告者(推測では張政)は投馬國、邪馬壹國に入国しているのです。 そして、この報告書を266年ごろの晋の時代に作成したと考えます。 張政はこの国の行政を良く知っていたはずです。 そして、「魏志」には記されていない報告も多くあったと考えられるのです。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

おかげさまで、陸行1月の謎に1歩前進しました。 感謝です。

お礼日時:2021/12/1 4:47