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2021/12/1 23:18

77回答

江戸時代までは子供を間引くのは普通にあったんですか。猫や鳥も育ちの悪い子を捨てたり落としたりするそうです。

日本史 | 動物253閲覧

ベストアンサー

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

群馬県はコンニャクが名産ですね。逆に言えば、そんなものを食べないといけないほど貧しかったんですね。火山灰地で米や野菜が作れない。

お礼日時:2021/12/2 9:01

その他の回答(6件)

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飢饉などの時には間引きを行った地域はありますが、なかなか文献などには出てきません。長野では火山噴火による飢饉で村の三歳以下の子供全員(33名)を一室に集めて間引きして埋葬し地蔵を建立して供養したそうです。間引きをした日には今も地蔵前での供養が行われます。

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「子返し絵馬」といい、新生児を殺す母親を鬼に見立てた絵馬が、寺社に奉納される例が江戸時代中後期には多く見られます(特に関東、東北) これは子返し(間引き)を戒めるものですが、裏を返せばこのような事例が多くあったのでしょう 子返しという表現も子ども(新生児)は正式な人間ではないので、「返す」という表現からも、殺人ではないという理屈が社会認識のなかにあったのです (つまり江戸時代には子どもを人間として認める意識も生まれたので、子返しを糾弾する絵馬が登場した) 回答で日本は生まれた子どもなら大切にされた、海外とは違うというものもありますが、日本だって貧困や困窮なら当然に、子捨てはありますよ それが「子どもが神隠しになった」という伝説です もちろん誘拐もあったでしょうし、また一方で我が子を売る、殺害する… その隠蔽として「神隠し」ということにした また周囲は実情は知ってても神隠しという説明で、知らぬふりをした 累ヶ淵伝説でも、村人は子殺しを知っていたけど見て見ぬふりをしたという場面があります なお、「こけしは子消し」という回答がありますが、これは大嘘 こけしという名称は各地にあった木製人形に統一された名前がなかったので、昭和15年にコレクター同士の会議で「こけし」と命名したにすぎません ※小さな人形を意味する芥子(けし)人形から こけしは子消しというのは大嘘です 信じてはいけません

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その通りです。元々日本では子供を殺すなんて当たり前のように行われていました。 日本では長い間子供に人権がなかったですからね。中絶が殺人とかいう日本人がいますが、本当に笑えますよね。

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貧乏人の子沢山、昔の諺です。 今は違います、貧乏人のやもめ暮らし。 昔は子供が生まれないように、避妊のまじないをしたり、妊婦が転んだりして流産しようと苦心したそうです。 ただし、それは生まれるまでの話で、子捨ての話はあまり聞いたことが有りません。 ドイツでは子捨ての話が姥捨てと共に沢山伝わっています。 日本は生まれた子供は集落の子供として大切に育てられたそうです。 子供のうちに死亡する確率が高かった昔は大切にされたと聞いています。 ある程度大きくなれば奉公に出せば困ることは有りません。 其処がドイツとの違いです。 迷子やみなしごや赤子を捨てても奉行所で養父母を募集して子育てのお金を与えて養育させたそうです。 町役がきちんと育てているかの確認もしていたようで、子育てには気を配っていたようです。

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