聖書について質問します。 「人はパンのみに生きるに非ず」 とはイエスの言葉として世界中で多くの人々に知られていますが、 元々の意味としては 「パンも食えるけどマナという虫も食えるよ」

補足

カイガラムシなどの排泄物説 マナの伝承が誕生した原像として、カイガラムシなどのカメムシ目ヨコバイ亜目の排泄物である甘露が乾燥したものと想定されている。ヨコバイ亜目の昆虫は植物から吸汁して生活するが、中でも篩管液を専門に摂取するものが多い。植物の篩管の中の液には糖分は多量に溶けているが、アミノ酸やビタミンB群など他の栄養素は乏しい。そのため、これらの昆虫の消化管には濾過室と呼ばれる器官があって、過剰の糖分と水分を消化管後部に短絡させて排泄してしまう。これが甘露であり、西アジアのような乾燥地帯では水分がすぐに蒸発するため、植物に群がったカイガラムシの下で霜のように堆積した甘露の成分が容易に採集できる。後世の西アジア遊牧民の民俗例でも、実際にこれを採取して食用にする事例が報告されている。イランでは、乾燥した甘露を採取した後、不純物を取り除いてギャズというヌガーのような菓子を作る。 Wikipediaより抜粋 「こんなものいつまでも食ってられっかぁ!」ってな訳で、モーセは怒った民衆によって撲殺されたとかされなかったとか。カメムシメデタシ

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その他の回答(9件)

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パンも食えるけど、マナも食えるよでいいんじゃないですかね。聖書は全てイエスについて証するものですから。マナというのはイエスについて言ってるんです。

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『人はパンだけで生きるものではなく、 神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』 神の説明として、耳に実際に入ってくるものは 例外なく、神の言葉の代弁者や聖書などの宗教の文献の著者や 聖職者や神学者や教祖や宗教家、あるいは これが神だと思い込む自分自身、 すなわち、全て人間を仲介してやって来ます。 それは、「神はこうであろう」と考える人間の考え、 でしかありません。一人の人間の一つの解釈にすぎません。 どんなに頑張ってもどこまで行っても 「神の見地」とは「神の見地とは云々と説明する人の見地」なのです。 神の説明は全て人間を仲介してやって来ます。 様々な人間が様々な<神像>を語ります。 神がどんなものであるかは それを説明する人によって違います。 説明する人ごとに [神の姿]や[神の性格]や[神の数]や[神が人間を救う為のプログラム] が異なります。

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マナは虫ではありません 貝殻虫の排泄物で、毎日3百万人の食事が足りますか? 肉体を維持する物質の食べ物は必要ですが、精神を維持する霊的食べ物も必要。って意味です。

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あなたは「なかったのだとか」などと書いて、 あたかもどこかの本にでも書いているかのように言いますが、 典拠を示していません。 おそらくあなたが自分の頭の中で拵えた妄想に基づく話なのでしょう。 「人はパンのみに生きるに非ず」という聖句は、 確かにイエスの言葉として知られていますが、 聖書を読めば、それが旧約聖書からの引用であるのは明白です。 (申命記8章3節→マタイによる福音書4章4節他) しかもそこには、 「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と書いてあります。 (※出エジプト記16章、民数記11章、申命記8章も読んでください) つまり、聖書が教えているのは、 人間は神の御言葉によって養われてこそ生きられるということです。 あなたはそれを無視して「元々の意味」とやらを語っていますが、 何の根拠もありません。 「身も蓋もない」言い方をすれば、 あなたは聖書について何も知らないくせに聖書を語ろうとする半可通です。 「我々現代人はこの事実をどの様にとらえるべきでしょうか?」 などと、もっともらしく問い掛けていますが、 あなたの言うような「事実」などどこにありません。 チーズケーキさん、 あなたは自分自身と向き合い、浅はかな質問をする前に 聖書を読むよう心がけてください。

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