イエスは「安息日は人の為にある」と言ってますから これは「人民による人民のための政治」というマニフェストなのでは。

宗教70閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">50

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん有難うございました。

お礼日時:2021/12/9 0:21

その他の回答(3件)

0

神が休まれる創造の第7日は、人が最初の目的通りに完全な完成を見る日、神が創造を終えて休まれる安息日と言うことですから、人が神(イエスの父なる神)の子として完成する喜ばしい日に成るので、「人の為にある」のです。 肉なる人間の政治は全く関係ありません。

0

私の捉え方はこうです。 安息日、つまりモーセの律法やあらゆるユダヤ人の規則は、人のために存在するのであって、それを守るために人が存在するわけではない。律法を守るのは、神に従いたいから、神を愛するがゆえに守るわけであって、神への愛や従順以上に規則への厳守が優先されるわけではない。故に律法は愛以上の存在ではない。

神への愛、神への従順は律法より上なのです。 軍国時代の日本では、 朝鮮半島や中国大陸を 日本の支配下におくための殺人に協力することは、 善だったのです。 オウム真理教が殺人を犯しても、 それは現在の社会通念における善悪の基準からみて 「悪い」だけであって、 信仰の観点から見れば、 宗教的規範は社会的規範の上なのです。 世間の目からどのように思われようと、 宗教的規範に従って行動するのが、 信仰の観点から見れば善なのです。 聖書の中では、神は、旧約の神も新約の神も、 人や御使いやキリストに殺人を命じています。 キリスト教は、 神の教え=自分たちの教え、と同一視する者が、 自ら武器を持って、自分たちの教えを信じない者たちを 大量殺人(最終戦争)で処理しようとしました。 それが、十字軍、異端狩り、魔女狩り、宗教戦争、世界侵略、 でした。