アインシュタインの「神はサイコロを降らない」について。

物理学 | 哲学、倫理1,172閲覧

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キリスト教的世界感の基準、 The Lord is Omniscient and Omnipotent being. 神は全知全能の存在。 (モトはラテン語) この思考から逃れていなかった。 と言う事。 神の知性を「知る過程」が science. だが、Omni…(全方位、全てに渡り)、 人間は、それを知っては居ないから、 時に、何やら博打に見える現象も あるだろう。 これを、判りやすく言ったと 考えます。

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その有名な論争はその後の実験でもボーアの勝利が決定しました。 アインシュタインは 「ある時刻にそこに物体があるかどうかは確率的にしか知ることができない。 非常に狭い範囲で不確定なのだ。 その位置と時刻を同時に決定させることはできないというボーアの主張が間違っていると言ったのではなく何かが足りない。 観測によって両方を決定させる方法がきっとあるはずだ。」 と想っていたようだと私は感じています。

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アインシュタインの神は統一理論のような物理法則の比喩です アインシュタインは不確定性原理は観測問題であり、量子の運動自体は確定的であると考えました 量子の観測は量子に量子をぶつけることになります ビリヤードの球に球をぶつけてようやく位置がわかる。みたいなことをやっているので、観測結果は不確定にならざるを得ません 量子の不確定さは観測結果の不確定さです またそのプロセスを観測によって明らかにすることも原理的に不可能です 近年の量子テレポーテーションの再現性から、量子の運動が確定的なことは自明です 神はサイコロを振りませんが 観測者がサイコロを振っています

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そうだと思います。因みに現時点では、量子論に比べてアインシュタインの考え方は旗色が悪いとされていますが、まだどちらも証明されたわけではありません。個人的には、私はアインシュタインの考え方に共感を覚えます。