三国志で「○○が生きておれば・・・」と死後に嘆かれた人物といえば、郭嘉と法正以外に誰がいますか?

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お礼日時:1/21 5:02

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「〇〇が生きておれば・・・」にがっちりハマる人は少ないと思いますが、とりあえず、死に際して(または死後)誰かが嘆いた、ということで。 曹沖 曹操は曹沖の死は自分にとっては悲しみだが、お前(曹丕)にとっては、喜びであろう、と言い、曹丕もまた、後年、兄の曹昂が生きていても問題なかったが、曹沖が生きていたら自分は天下の主にはなれなかっただろう、と言ってます。 華佗 そんな曹沖の病死の直前に、曹操が殺させてしまい、曹沖の病を診せられなかったことを後悔しています。 龐統 劉備は彼の死を痛惜し、話をするたびに涙した。 諸葛亮 死後、その布陣を見分した司馬懿は天下の奇才と賞賛する。 李厳や廖立は諸葛亮の死をしって復職の望みが絶たれたと嘆いている。 周瑜 孫権は、周瑜には王佐の資質があったのに、短命に終わり、自分は今後、誰を頼ればよいのか、と涙した。 孫登 謝景は辞任して喪に服し、自らを弾劾した(勝手に辞任したため)。 まあ、こんなとこで。 あと、誰かが死んで涙した、的なのはわりと頻繁にあります。

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吉川英治さんや横山光輝さんの三国志では、北伐で逃げる司馬仲達を廖化が追撃し、仲達が冠をワザと捨てて逃げる方向を撹乱し逃亡に成功。戦後騙された廖化が逃した司馬懿を追い詰めたことを自慢しているのを見て諸葛孔明は関羽がいたら仲達の策を見破ったであろうな、と寂しく思うシーンはありました。