ヘンリー・ジェイムス「ねじの回転」みたいに、まず最初に登場人物の一人が、かつて誰かが自分に手紙を送ってきたと告げる、次に、その手紙文をそのまま記述する、それでこの小説は完結。

小説 | 文学、古典122閲覧

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ちなみに本題に戻って、そういう小説がけっこうあるかと言われると、そんなに多くはないんじゃないかと思います。 少なくとも純文学では、書簡体小説が流行ったのは、むしろ近代小説が生まれた初期の18世紀であり、19世紀以降はあまり流行らなかったようです。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:1/16 20:27

その他の回答(2件)

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ミステリーで犯人の特定より出来事や結末に重きをおかれているものは、あります。 江戸川乱歩「人間椅子」 スティーブンソン「ジキル博士とハイド氏」 コナン・ドイル「ボヘミアの醜聞」。 厳密に言うと、手紙が公開されたあと依頼者と探偵がそれぞれ感想を述べ、報酬の話をして幕切れですが。 作者が語るより手紙や手記ですべてが露見する、からくりがわかるというのはとても鮮やかなエンディングです。謎のベールを剥がすだけでなく、手紙の主の抱いていた気持ち、隠れた欲望や怨恨、恋情などが明らかになります。 ラクロの「危険な関係」はすべて書簡です。陰謀の計画から実行、後日談まで事細かく告白(報告)されるから、何か起こったか起こりつつあるか、読者も参加して陰謀に加担している気持ちになります。日本では、そうですね、先の回答にあるように漱石の「こころ」が成功した例ですね。

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手紙を送ってきたとは少し違うかもしれませんが、 これこれの記録を発見したという体裁をとるミステリーは良くありますよね。 今思い出せるだけでも、海岸でボトルに入った手記を拾った、屋根裏の箱から記録が出てきた、蓄音機のロウ管を見つけたなどのミステリーがありました。 ただ、いずれも手記等の内容を確認した登場人物の述懐めいた文章があっての完結だったと思います。