クラシック音楽を聴く人はなんで少ないのですか?

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クラシック音楽の芸術性は大変に微妙で場面ごとに展開される世界を感じ取るのに実にたくさんの美的判断を繰り返さないといけないので、音楽に息抜きとか気晴らしとか暇つぶしを求める多くの人には向かないだろうなとは思いますね。それと疲れた後にまた頭を使うのかとか考える人にも向いてないように感じますね。よほど生き甲斐みたいなものを感じ取れる人でなくては付き合っていけないとも思います。クラシックの愛好家って何十年も聴く人が多いでしょう。私も30年を超えますが、まだ若造だと思いますね。そこまでに音楽聴くのを大抵、辞めてしまうと思うんですよ。めんどくさくなって。1つ1つの作曲家の特徴とか何せ、多くの人にはめんどくさいだろうなと思いますね。それがめんどくさくない音楽に愛された人だけがクラシックを愛せると思いますね。努力しないと愛され愛せない音楽だと思いますね。

愛するためには愛されないといけない。愛されるためには、愛する努力も奉仕も幾らかは必要というような。愛されないと愛する事もできないというように。

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教養がある人とか、今の自分や、今の生活に満足している人は、クラシックなんか聴きません。 不満の塊のような人が、ベートーベンを聴くのです。 なぜなら、 ベートーベンこそが、不満の塊のような人物だったからです。 良く分かってるじゃん!

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ジャンルの名前からして「古典」。 実質的なリアルタイムの生産性に乏しい、何百年も昔のものを楽しむ音楽だからでしょう。 さらに、長く複雑でキャッチ―でない事も大きく関わりますが、演奏(歌唱)者より作曲者が中心になるジャンルで、ポップスのようにステージに立つスターが生れないので、応援するファンも獲得しづらい。新たなヒット曲も生まれない。 オーケストラ編成で演奏する現代曲も「クラシック」というのであれば、映画の主題歌などからヒット曲が単発で生まれる可能性はありますが、それも付帯する何らかの「応援する対象」があっての事でしょうから、作曲した人の次回作を楽しみにするようなファン活動には繋がらないと思います。 時代は変わって、他の音楽と媒体に溢れているので。

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なるべく若い頃から、良質の音楽に触れていないと、聴覚が発達しないということが決定的ですね。この場合の聴覚と言うのは単なる感覚器官ではなく、それを認知する大脳のソフトウェアを言います。そのことは有名な作曲家がほとんど例外なく、幼児から豊かな音楽環境にいたことが証明している。 しかし実は音楽でだけでなく、芸術すべて、いや言語や学問、技術、技芸などもすべてそうなのでしょう。実は生まれたばかりの時の人間の赤ちゃんは体重が大人の数パーセントしかないのに、脳の重さは三十パーセントを超えている。脳だけは、これ以上大きいと出産が難しくなるほど大きいのです。 つまり脳は胎児期からすでに大きく発達を始めている器官であり、しかもその発達の順序は順を踏んでおり、発達すべき時期に適切な環境が与えられないと、未熟なままに留まってしまう。 そう考えると、多くの天才と言われる音楽家の親がプロの音楽家であった理由も分かるでしょう。バッハの家は代々のプロの音楽家の家系ですし、モーツァルトの父親も作曲家であり、ヴァイオリンの教本を書いていますし、ベートーベンは全く同じ名前の祖父が宮廷楽長であり歌手兼鍵盤楽器奏者であったし、父親も教会の楽師です。 ・・・よい作曲家になるためには当然、音楽の良し悪しを見抜く能力は最低限の能力である。若い頃のベートーベンはウィーンに出ると好んでバッハの作品を研究していたが、この当時のバッハは必ずしも今ほど有名な作曲家ではない。また逆にベートーベンの音楽を生前から尊敬していたのはシューベルトであり、ベートーベンの「第九」のパリ初演を聴いて感動した若者にワグナーやベルリオーズがいる。 学問や芸術に対するセンスは、まだ頭が柔らかい発展途上にある間に植え付けないと、大きく育つことはないと思われるのだ。

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学ばなくては楽しめない、学んだ人の為の音楽だからです。 他ジャンルの音楽に比べて敷居が高いのは事実です。

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