大乗仏教は釈尊が説いてないと言う人がいますが 原始仏典も釈尊は書いてないですね?

宗教 | 世界史167閲覧

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>大乗仏教は釈尊が説いてないと言う人がいますが その通りです。 大乗仏教経典はブッダ滅後500年も経ってから作られたものですから ブッダが説けるはずもありません。 >原始仏典も釈尊は書いてないですね? その通りです。 ブッダの時代、聖なる言葉は文字にしないのが慣習でした。 文字にはしませんが、それを弟子たちが口唱伝承しました。 「経」というのはこれです。 大乗仏教は最初から文字で書かれました。(紀元前後と言われています) これは広めることを目的としたからです。 ニカーヤ(原始仏典、パーリー経典)も文字になったのは同じ頃と言われています。 つまり、文字として書かれたのは同じ時期ですが、大乗仏典はそのころに 新たに作られたのであり、原始仏典はブッダの教えを伝承されたものが字 になったということです。

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文献学や考古学で過去の事を正確に知ることは出来ません。 仏教は悟りからの教えですから、矛盾があれば、真実でないとなります。 そういった意味では、 小乗教では、悟りを得ると生まれ変わらなくなるそうです。全ての衆生が悟り得ると衆生のいない世界。つまり、無(衆生がいない)の世界となります。 無を否定していた釈尊の教えの究極の姿が無の世界です。これは矛盾しています。 この矛盾を解決しているのは法華経の寿量品です。 仏教学者は誰も、矛盾に気づけないし、解決されている寿量品を信じる人は少ないです。

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仏陀の時代は教えを文字に書き残していませんからね。 当時は口承により伝えられ、何度かの結集(けつじゅう)で誤りがないか確認されました。 ですから、原始仏教は大乗仏教よりもずっと仏陀の教えに近いだろうと言われています。 ただ、一言一句同じであるかは誰にも分かりません。 また、仏教の性質から考えるに、誰が書いたかは重要ではありません。 別に代筆されていても良かったと思う。 一言一句同じでなかったにせよ、伝えている意味が同じであるかどうかはとても重要だと思います。

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言っている通りに伝わっているかどうかが論点になっているのかと思います。 原始仏教の方が釈迦の教えがそのまま伝わっていたが、広がるうちに元の話とは別の話になっているという立場の人がいるのかと思います。 その意味では、誰が書いたかはあまり問題ではなく、正確に書かれていれば、釈迦本人かどうかは関係ない、ということかと思います。 ※原始仏教がそもそも釈迦の教えと本当に同じなのかと言う議論は別にあると思います

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大乗とか小乗とかで言うなら 両方だよ ただ、衆生を救うには大乗なんだよね お釈迦様の時代は書く物は無いからね口伝だよね

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