第二次大戦時の日本の航空機開発は日本陸軍は当初から防弾も装備しており、航続力も過大な性能では無く、後継機には正常進化を求めたのに対して、

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:1/20 8:12

その他の回答(3件)

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防弾装備を施しても現場のパイロットが取り外したりもしています。

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アメリカ軍だって、小型空母でカタパルトが無いのには、 終戦までF4Fの改良型を搭載していた。 日本の空母にカタパルトが無いだけに艦戦、艦爆、艦攻 後継機種に苦労しているし空母搭載して無いのもある。 根本は基礎工業力の無さでしょ ハイオクガソリンの精製、高品質潤滑オイルの生産 高馬力エンジンの生産・・・ 全部ダメでしたから

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海軍でも十三試双発陸戦(月光)と一式陸攻、雷電の開発時に防弾装備が要求されています 一方で同時期か後に開発された零戦と天山には防弾装備の要求が無く、陸上機と艦上機では要求基準に違いがあったようです また、戦争前期の陸軍機の防弾装備は7.7㎜弾に対する物で米軍機の12.7㎜弾に対しては「無いよりはマシ」な存在で、防弾タンク自体も防弾ゴムの飛散を防ぐ金網を巻いた海軍の物の方が効果的でした 陸軍機の航続距離は特に爆撃機で問題となっていて、航続距離の比較的長い四式重爆撃機の採用に際してもB-24クラスの四発重爆撃機でなければ存在意義は無いとされ、雷撃機としての運用を行うということで採用されることとなりました 海軍機は「超航続距離を実現するために無防弾となった」と零戦と一式陸攻からイメージされますが、零戦の航続距離は海軍の要求では1800km程度で3000km超の航続距離は意図せずなったものと考えられます また、一式陸攻は防弾装備が要求されていて、陸攻の戦訓から銀河は防弾装備を充実させながら長い航続距離を実現していることから海軍が防弾装備に対して無関心であったというのは誤りとわかります

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