回答(7件)

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昭和天皇独白録を読むとその経緯がよくわかります 簡単に書くと下記の2つです ・立憲君主なので口出しはできないと考えていた 対中戦争拡大の一環であった張作霖爆殺事件で当時の首相を叱責して しまい、首相はショックのあまり3ヶ月後に心臓発作で亡くなります 当時、天皇陛下に叱責されるというのはそのくらいのことだったのです これを機に「政治に口を出すまい」と思われたそうです その禁を破ったのが終戦のご聖断です この2回が立憲君主の地位を超えた行為だったと述懐しています ・統帥権を行使した場合、軍事クーデタの心配があった 実際に玉音放送を妨害しようとクーデター未遂がありました 詳しくは半藤一利さんの「日本のいちばん長い日」を読んでください 映画にもなっています

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天皇は思う存分統帥権を行使している。憲法上は国務大臣の輔弼が必要であっても統帥権には軍幹部の輔弼(輔翼)の規定はなく輔弼もなく天皇自らいくらでも指示できた。そんな例はいくらでもある。たとえばば盧溝橋事件の後に近衛首相は不拡大方針だったのに昭和天皇は上海に「二個師団では弱すぎるからもっと増強せよ」と誰の輔弼(輔翼)もなく命令し軍は大元帥の言う通り実行している。またタイに進駐して基地を作る案を陸海軍総長が上奏して天皇に裁可を求めたが天皇はすぐには裁可せずに留保しているように自らの考えで裁可したりしなかったりしているのです。沖縄戦で劣勢になると天皇は1945年4月3日に「現地軍は何故攻撃に出ぬか、兵力足らざれば逆上陸もやってはどうか」と軍に命令しているように大元帥としてその強大な権力をいかんなく発揮しているのです。

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目の前に銃を突きつけて「戦争しろ」ってやつがいるのに、「戦争しません」ってどれだけの人が言えるか。

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実質的には軍部の補佐がないと何もできないシステムだったからですよ。 今の天皇の国事行為とそんなには変わらない。「国会解散してえなあ」って思っていても、内閣が助言と承認しなければ天皇の方からは何も言えないのと同じですよ。 戦前の天皇に統帥権があっても、それの助言と補佐権が軍部にあって、陸軍海軍それぞれが発議して上申して、やっと天皇が統帥権を発動できる仕組み。陸軍海軍が何も言わないと天皇からは何もできない。

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