本日の『ちむどんどん』第60話でニーチェの名言が出てきました。 【愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ愛の変化である】

補足

ニーチェの言葉自体、LOVE(愛)を擬人化したような文体に思えます。 「愛のアビス(底なし沼)は破滅ではなく変化に導く」…個人的にはこんなふうに受け留めました。 ただ、擬人化のフレーズゆえ最初の「愛」を「大野愛」に置き換えるとそっくりそのまま愛さんの苦悩につながるような気がします。 大野愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ愛の変化である 見方次第では残り2つの「愛」を「愛さん」に置き換えると、和彦との結婚に関する彼女の深層心理が浮き彫りになるかもしれません。 博学の房子さん、あなたはなんとも悩ましい名言を暢子にほのめかしました。 当の暢子はなんのことやらチンプンカンプン。。 でもそれでいい。 なまじこの言葉に食いついて深入りすると、料理以外は脳みそピカピカの彼女のこと、ヘタすると知恵熱でうなされますから。 トライアングルを超えたスクウェアの恋愛模様が気になります。 和彦と暢子、智と愛…こんなカップル誕生なら見たくない。 少年時代の忘れ物に気がついた和彦の気持ちもわかりますが、今の暢子は彼にふさわしくない。 それは暢子もわかっているはず。 彼女には智がお似合いでしょう。

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ベストアンサー

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回答ありがとうございます。 なるほど、「愛」は暢子の本心ですか。 オーナーは目の前の暢子に言ったのだからそう考えるのが自然かもしれませんね。 ニーチェの言葉を愛さんになぞらえて使っても暢子にはピンとこないだろうし、この場にいない愛さんの心情を説いてもなんの意味もありませんから。 擬人化した「愛」の主が暢子なら、あなたが仰るようにこんな気持ちになるのは初めての経験で、理性と感情をコントロールできないもどかしさに戸惑っているのかもしれません。 恋をとるか友情をとるか…古くて新しい選択肢ですが、そもそも和彦の煮えきらない態度と暢子の鈍感さが招いた災厄です。 視聴者の多くは愛さんの幸せを願っているでしょうね。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

2名様に感謝♪ あらゆる意味で人間の営みに愛とセックスがなければ、芸術文化が発芽して成長することはなかったでしょうね。 料理や家族愛も創作劇としてそれなりに盛り上がりますが、登場人物の喜怒哀楽をより深く鋭く鮮明に描くには、やはり恋愛や結婚の光と影、明と暗に迫るのが手っ取り早いかもしれません。 ニーチェの言葉になぞらえた和彦と愛、暢子の三角関係は、人間の業と欲を炙り出して見ごたえがありました。

お礼日時:7/5 16:28

その他の回答(1件)

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今、ニーチェの名言を調べましたが…『愛』と言うのは一般的な『Love』を示しているようですね。 ↓ 愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である。 Love is more afraid of change than destruction. 男の幸せは「われ欲す」、女の幸せは「彼欲す」ということである。 人間は恋をしている時には、他のいかなる時よりも、じっとよく耐える。

回答ありがとうございます。 ニーチェの言葉、なかなかの名言ですよね(笑)。 読めば読むほど妄想が広がります^^。 特に >男の幸せは「われ欲す」、女の幸せは「彼欲す」ということである。 人間は恋をしている時には、他のいかなる時よりも、じっとよく耐える。 これいいですよね!読んだ瞬間、勝手に解釈してゾクゾクッとしました(恥)。 そうだよなあ…男は獣で女は獲物。 食う側と食われる側。 言葉にすると対照的ですが、これぞ究極の愛!ってか。 とりあえずこのフレーズに当てはめると、和彦は自分可愛さで愛さんを袖にして暢子に走る。。 愛さんはそれを承知で彼を追い求める。。 双方の立場は対照的ですが、どちらも自分なりに精一杯耐えているんだろうな。。 恋は罪。 人間は「恋の奴隷」。 奥村チヨさん、引退しちゃいました。 あの歌が流行っていた頃、好きだったんだけどな。 あ、関係ない話をして申し訳ありません。