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2022/7/4 8:05

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鎌倉殿の13人を見て思ったのが、晩年の源頼朝は源氏があと20年で滅亡すると思ってなくて、北条義時にずっと源氏の繁栄を支えて欲しいみたいにお願いしてるシーンがありました。 -

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質問者2022/7/4 20:12

鎌倉幕府と室町幕府はまだ全国の武士が権力を広げようとする中での武家政権で、江戸幕府は大坂夏の陣でそれが終わってみんな平和に暮らそうとした中での武家政権と違いはあったので、頼朝や尊氏に関しては下剋上が当たり前の時代でいつかは滅ぼされても仕方ない思ってたにしても、家康や家光に関しても本当に同じように思ってたのか、疑問に思いました。 実際、江戸幕府に関しては新しい勢力が現政権を滅ぼして新政権を作ろうというよりは、古い考えの体制を壊して海外の新しい体制を作ろうという形で終わった政権だったので。 家康も260年後にそんな時代が来るとはさすがに思ってなかったはずなので、もしかしたら永遠に続くと思ってたところないですかね。

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紀元前120年ごろのローマ帝国の政治家であったスキピオ・アエミリアヌス(小スキピオ)は、敵国であったカルタゴに攻め入り、滅ぼします。その時、将来のローマ帝国も同じように滅びるだろうことを予測し、涙を流しながらカルタゴの滅亡を見ていました。同じように足利尊氏や徳川家康も繁栄と没落を予見していたと思います。そのうえで、できるだけ平穏な世を長続きするようにするのが優れた人物の証明です。彼らには、わかっていたと思います。

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質問者2022/7/11 5:49

合戦で一族が滅びて終わった鎌倉幕府と違って、室町幕府は将軍が京都から追放されて、江戸幕府は大政奉還で政権を譲ってと、その時代の途中では争いがあって多くの血は流れたものの、最後はトップが血を流さず比較的平和に終わった政権なので、それは足利尊氏や徳川家康は出来る限り平和な世の中が続くように努力した結果なんですかね。

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永遠に家が存続すると信じていたかもしれませんね。 というのも最近で西部グループ創業者の堤さんが似たような遺言(家訓)を残しているからです。やはり、権力を取ったら、永遠に家が存続することを望むのかもしれません。 なお、堤家は2代で終わりました。

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質問者2022/7/11 5:45

藤原氏(藤原北家)は奈良時代から聖武天皇に光明子を嫁がせてからは、長屋王や菅原道真とかの政敵を冤罪で死なせたり追放したりして、また平安時代の藤原道長も12歳の娘や、ひどいときは自分の孫に自分の娘を嫁がせるみたいに、娘たちを無理やり天皇の皇后にするなど手段を選ばずに、これで藤原氏は永遠に安泰みたいな形にしてました。 それでも道長の時代から100年もせずに権力を失っていったぐらいなので、どの権力者も未来は予想できないものなのかと思います。

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それは歴史というより、どっちかというと文学の話というべきですね。 「永久に続いた政権」なんていうものは、古今東西、いまだかつて存在しません。頼朝だって義時だって尊氏だって家康だって、それは分かっていたはずです、馬鹿じゃないんだから。 不老不死の人間なんか存在しない。それと同じで、未来永劫続くシステムなんか絶対に存在しません。その程度の理屈が分からんような馬鹿が、天下を取れるわけがありません。 とは言ったものも。 誰だって、自分の作った政権が、自分の子孫がいずれ滅ぶ様子なんか想像したくはないでしょう。だから、せめて自分の子や孫の世代で安泰なら、まあいいや、そのずっと先のことまでは考えないようにしとこう、くらいの気持ちでいたんじゃないかなあ、と思います。 だから「鎌倉殿の13人」の大泉洋が「いつまでも」と言ったのは、せいぜい「ここにいま生きている人間が、みんないなくなるまで」くらいのスパンを「いつまでも」と言ってるんだと思います。その先の世代のことまで、誰も想像できないし、責任は持てませんよ。 というのが、文学的な想像です。

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質問者2022/7/11 5:36

しかしながら、今の日本は自民党の政権が70年近くずっと続いてて、純粋な野党になったのも3年ちょっとで、しかも野党になるたびに更に強大になっていきました。 そして国民もそういう実質一党独裁の状況に何も疑問を持たずに半数近くが選挙権を放棄したせいで、憲法改正から場合によっては国民の権利を制限される帝国主義にされてしまう道を選んでしまい、さらに権力が強大になるのを許してる気がします。 そんな政権が滅びる日は今のところ見えないです。 過去の独裁者もそういう政権を作ってきましたが、本当にそれがいつか滅びる未来が見えてたのかなと思いました。

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どうしたら滅亡せずに済むのか どうしたら繁栄は続くのか 最初から最後までそれを考え続けた結果だと思います 何もしなくても安泰だという考え方は誰もしなかったと思います

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質問者2022/7/5 10:42

どの時代も、自分が一生懸命がんばったからこれで安泰だと思ったすぐ後の世代から、急におかしくなってる気がします。 鎌倉幕府も北条泰時が御成敗式目を作って全盛期になってこれで安泰と思ってたのが元寇襲来をきっかけに60年足らずで壊滅状態になったし、室町幕府も足利義満が頑張って南北朝統一して安泰になったあとの義持あたりから歯車が狂い始めて、義教の恐怖政治で今の北朝鮮のトップみたいになってしまって、それからの将軍は人望がなくなって衰退した気がします。 特に中国の隋王朝は初代皇帝の楊堅が全盛期を築いたのに次の煬帝が暴君だったせいで、たったの29年で滅びてしまってます。 結局、誰がどう頑張ったところで全盛期はあっという間に終わるということですかね。

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盛者必衰を皆内心ではわかっていても、少しでも身内子孫の繁栄固めに奔走したのが封建領主でした。そして何よりも自らが君臨したい征服欲が勝っていました。 政治に限らず、商売人も勢いが盛んな時期の者は後顧の憂いを持っているものです。そのために普通人と違い、後継者問題に頭を悩ませるものです。 利休も茶の湯全盛時代の画期に生きながら、茶の湯が形骸化し大衆化されていく様を予想し憂えていました。 現代人も同じです。今を懸命に生きることしか術はありません。

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質問者2022/7/4 19:54

ロシアや中国は分からないですが、北朝鮮は完全にそういう身内子孫固めに奔走してるんですかね。 北のトップは頭はいいからこのまま自分たちの一族がやりたい放題できるはずがないと分かってるとは思うのですが、自分の代で滅ぼすと自分が殺されるから必死なんでしょうか。