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2022/7/4 15:40

66回答

➤霊や、前世や来世って本当にあるのでしょうか

補足

母に関する?いくつかあった不思議なことは、 母の亡くなる二、三日前、 叔母がテレビのリモコンを操作した時に ものすごい勢いで勝手に画面のカーソルがグルグル動いて、「故障した!」とは思ったものの、 母が亡くなったら正常に戻ったとの事。 『死んだ爺ちゃんからのメッセージだったのかな』 『いや、それならもっとわかりやすくメッセージくれないもんかね』も話してました。 もう1つは、 母の通夜に来てくれた親友が、 葬儀場で一緒にコーヒーを飲んでいる時に、 『口紅を綺麗にして欲しい、あと、自分のたべかけ(亡くなる3時間くらい前まで食べていた)のゴボウのチップスを食べといて、ってふと頭にイメージ浮かんだわ』と言い出した事。 一応、半信半疑ではありましたが、 綺麗に私の手で口紅を塗り直し、ちょっと笑いながらゴボウチップスも食べました。残りは棺に入れて一緒に送ってあげました。

超常現象、オカルト237閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">100

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スピリチュアルに詳しく速やかに成仏したため、この世に未練がないからでしょうか。後のことは、安心して生きている人に任せているのでしょうね。 もう一つは、質問者が腑に落ちていないのでしょう。摩訶不思議なことを信じろと言われても、信じきれないでしょうね。お母様からのシグナルは、送られているようですが、大がかりなメッセージは、重要かつ緊急なことがない限り、ないでしょう。平和なのです。

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霊は存在して、前世、来世、生まれ変わりは本当にあると思います。 ほとんどの人は生まれる前の記憶がないので、「生まれる前は無だから、死後も無だろう」と思うのです。テレビ番組で催眠術師が芸能人に自分の名前や以前の記憶を忘れてしまう催眠術をかけると、本当にその芸能人が名前や記憶を忘れてしまう状態になりますが、それと同じことだと思います。多くの人は生まれる前の記憶を忘れて生まれてくるので、まるで霊的な世界や前世などは存在しないと思い、意識は死と共に消滅すると思ってしまうのです。 退行催眠によって前世の記憶を語り出す事例が報告されたり、前世の記憶を話す子どもについて研究が行われています。前世の記憶に関しては多数の書籍が出版されています。日本では中部大学の大門正幸教授がこの分野の研究で有名です。 ブライアン・ワイス博士は米国の精神科医ですが、キャサリンという女性患者が退行催眠療法中に古代エジプト時代の過去生のイメージを語り始めました。ワイス博士は、それまでスピリチュアルな事や生まれ変わりなどをまったく信じておらず、キャサリン自身も生まれ変わりを信じていませんでした。その後もキャサリンはいくつかの前世を思い起こし、前世退行中にキャサリンはワイス博士しか知らないはずの個人的な事柄を言い当てます。その後、何度か前世を確認して、キャサリンの恐怖症は治癒していきました。キャサリンの治療が終わってからもワイス博士の患者が前世を語るケースがたて続けに起こり、ワイス博士は徐々に精神世界に心を開いていくようになり、最後には前世の存在を確信し、前世療法を確立しています。 (『ブライアン・ワイス博士来日特設ページ』の「ワイス博士について」より) 「前世 記憶 調査」で検索してみてください。 https://courrier.jp/news/archives/81468/ 稲垣勝巳氏の退行催眠を受けた主婦が、天明3年の浅間山の大噴火の時に人柱になったタエという女の子としての前世を語り始め、後からそれが史実と合っているかどうかを検証すると、確かに史実と符合することが確認できたようです。また、その主婦は、ネパールに行ったこともなく、ネパール語を学んだこともないのに、催眠中にネパール語を話し始め、ネパール語で会話するところも映像に残されています。学んだことのない外国語などを話す現象を真性異言と言います。 他に科学的に調査された応答型異言の事例としては、イアン・スティーヴンソンが報告している3例と、イギリスの超心理学者メアリ・バーリントンらが報告している1例があります。(Wikipedia『真性異言』より) 稲垣勝巳氏によると、退行催眠中に現れた人格であるラタラジューは、死亡年齢を尋ねられて、「ath satori(8と70)」と答えています。これは「78(才)」 のことを意味していますが、現代のネパールでは「8と70」という年齢表示はしないので、催眠中の主婦との対話者であるカルパナさんは「78(才)」のことを意味しているとは理解できず、再度「70(才)ですか?」 と尋ねています。現地調査の結果、一昔前にはこうした年齢表示が確かに存在していたことが明らかになっています。また、ラタラジューは妻の名前を尋ねられ、現代ネパール語の妻を表す「srimati」が理解できず、対話者のカルパナさんが古いネパール語の妻を表す「swasni」で再び尋ねると、これを理解し、「私の妻の名前はラメリです」と答えました。 ラタラジューが、古いネパール語による年齢を言ったこと、古いネパール語の妻しか理解できなかったことの二つの事実は極めて重要な意味を持つと稲垣勝巳氏は指摘しています。一つは、ラタラジューが一昔前のネパール人であること。もう一つは、これら古いネパール語は、仮に被験者の主婦がひそかにネパール語を学んでいた、あるいは、ひそかにネパール人と交際したとしても到底学ぶことができないであろうということです。 https://www.youtube.com/watch?v=oAxrBq6C3nQ https://www.youtube.com/watch?v=UMrgIDgwnvc https://www.youtube.com/watch?v=JBiM7rU6jmQ https://www.youtube.com/watch?v=NdjSyAbpUPc 坂本政道氏は、東京大学理学部物理学科を卒業後、SONYに就職して、半導体素子の開発に従事して、トロント大学電子工学科修士課程を修了して、米国カリフォルニア州にある光通信用半導体素子メーカーにヘッドハンティングされて、半導体レーザーの開発に従事したという経歴の人です。 『死後体験Ⅲ』(坂本政道 著)の p.7~p.8 より引用します。 というか、35歳ぐらいまではコチコチの物質論者で、こういう霊的なものの存在は一切認めていなかった。世界のすべてのことは物理学で説明つくはずだと固く信じていたのである。そういった背景から大学では物理学を専攻し、宇宙の真理を究めたいと思っていた。 ある意味、霊能者の対極をなす人間、言ってみれば早稲田大学の大槻名誉教授のような人だった。 重要な点は、そういう人間でも、霊的世界の存在に目覚め、拙著に書いたような体験をするようになるという点である。何かのきっかけさえあればいいのだ。 私の場合、それは1987年にアメリカに渡り、ロバート・モンローの本と出会ったことだった。モンローの本を読み、体外離脱ということに興味を覚えたあたりから、私の人生は激変した。確か1989年ごろのことだと思う。 今から思うと、興味を持つことで、こういう可能性に対して心を開いたことが、その後の体験を可能にしたのだと思う。そんなことはありえないと頭から否定している人には、その可能性は開かれない。自分で可能性を閉ざしてしまうからである。興味を持つこと、可能性に対して心を開くことがいかに大切かが分かる。 私は体外離脱に強く興味を持ったことから、その後、自分でも体外離脱を何度となく体験するようになった。この一連の体験により、私の人生観、世界観、宇宙観は根底から覆された。その結果、それまでとはまったく異なる見方を受け入れざるを得なくなった。つまり、物質だけではない非物質と呼ばれる世界、いわゆる霊的な世界の存在を認めざるを得なくなったのである。(引用終わり) 『死後体験Ⅱ』(坂本政道 著)の p.18~p.19 より引用します。 宇宙のすべての存在・現象は物質論的な考え方で説明できると考える人は多い。宇宙のありとあらゆる現象は物質とエネルギーとそれらの相互作用で記述できると信じるのである。特に科学者を自認する人はこの傾向が強い。彼らの中には、霊魂などの非物質の存在は科学と矛盾するとまで言い切る人がいる。はたしてこの主張は正しいだろうか。 彼らの主張が正しいとすると、我々の精神、意識というものは物質の相互作用から生じることになる。意識は脳内の物理・化学現象に還元されることになる。実際、この方向での研究はさかんである。量子論や場の量子論からの説明を試みる人たちもいる。ただ彼らの前途は多難である。記憶がどういうメカニズムで起こるのかすら満足に説明できていない。まして感情や思考、直感、美意識など我々の複雑怪奇な意識現象の説明にいたっては手も足も出ない状況にある。 それはなぜか。 答えは簡単である。 我々の意識はこういった物理・化学現象では説明できないもの、それらとは別の存在であるからである。私はそれを「非物質」の存在と呼ぶ。我々の知る物質や物理的・化学的エネルギーとは異質の存在である。現代科学にとっては未知の存在である。物質と非物質は何らかの形で相互作用を持つと考えられるが、それがどういうものかはまだ明らかになっていない。 こういった「非物質」の存在があったとしても科学となんら矛盾しない。その理由は、科学は物質的存在のみを扱っているからである。非物質はその範疇に入らないのである。本来は物質、非物質という両面からとらえなければならないのを、物質のみに限って世界を把握してきたのが、今の科学である。 この状況はたとえて言えば、海の中に住んでいる魚が、彼らの世界を記述するのに、海の中だけを見ているようなものである。ところが真実は海の上には大気があり、その中を飛ぶ鳥が存在する。ときどき鳥が海の中に突進してきて魚を食らって飛び去るのだが、魚にはこの現象がまったく説明できない。突然、魚がいなくなるのだが、どこへ行ったのかわからないのである。海の中だけを見ていたのではだめなことは明らかだ。今の科学者はこの魚のようなものである。 科学は実験・観測・検証を通して理論体系を構築したのであるが、その範疇に入らない現象については目をつぶっているか、お手上げの状態である。世の中には科学の範疇に入らない現象は多々ある。それなのに、科学ですべてが説明がつくという迷信がはびこっている。(引用終わり)

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お母様が霊界や霊について勉強なさっていたということは、死んだらどうなるか?、霊としてどのように生活を送ったらいいか?を知っていたのです。 ですから、メッセージも送ってこないし、姿も見せないのです。 霊になったら、現世や子孫に執着・干渉してはならないのです。子孫の霊的幸せを祈ることだけで充分なのです。 行った先の幽界(霊界に行く前に暮らす霊層)で、幸せで楽しんでいるのでしょう。 前世の記憶については、あまりあてになりません。思いこみやこうだったらいいなという願望が入ったり、人間の周りにいる悪戯霊・低級霊からの嘘情報だったりするからです。 霊的真理として、前世の事柄は、魂から脳の顕在意識に認識されないことになっています。

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僕は霊能者で、死後の世界には関わっていますが、本当にあるかどうかは分かりません。 どんなに除霊をしたり、死後の世界を探検したり、神と対話をして、奇跡を起こしても、それらの存在の確信はありません。 死後の世界である、霊界は人知を超えた領域であり、人間の動物的な脳には霊界を理解する能力がそもそもありません。 人間は、地球上の生物の食物連鎖の頂点に君臨する動物であり、我々に理解できるのは、動物として生きるための現実世界だけです。 私達の心の中心は霊であり、霊は霊界を知っていますが、動物の脳には霊を理解する能力が無いのです。 人間の知能は、全知全能の神に遠く及ばないということです。 もちろん、UFOに乗っているような存在の知能にも遠く及びません。 現実世界と霊界は、全く別の世界と考えた方が良いかと思います。 前世の研究については、ブログにまとめたので、ご興味があれば、参考にしてください↓ https://ameblo.jp/blueguppy333/entry-12695937808.html

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質問者2022/7/4 16:49

返信ありがとうございます 「もし前世があるなら」と考えた時の、あの妙に具体的なイメージは、 なんなのかなーといつも思っています 人は基本的に自分の目と頭で認識→確認出来ないことを信じようとしない生き物なので、 自分もまた然りなのだとも。 その前世のイメージすら、 単に自分でそういうキャラクターを作り上げただけなのかもなーとも感じますし、 とても曖昧です

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おかーさん、安心してるから出てこないのでしょう。 アメリカ(東の方)人で、背の高い男性で、職業ダイバーで 青いドライスーツを着ていて、 仕事中に海の中の事故で窒息して死んだ、というイメージは、 前世かもしれませんよ。