仏教の「解脱」についてです。 解脱とは輪廻地獄から脱することといえますが、 解脱するには、まずは「悟り」を啓く必要があります。 さて、なんで悟りを啓かないと解脱できないのですか?

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>解脱するには、まずは「悟り」を啓く必要 こうした表現だと、恰も<悟り>は因。<解脱>は果。そう聞こえます。 依之浄名経の中には諸仏の解脱を衆生心行に求めば衆生即菩提なり生死即涅槃なりと明せり。又衆生の心けがるれば土もけがれ、心清ければ土も清しとて、浄土と云ひ穢土と云も土に二の隔なし。只我等が心の善悪によると見えたり。衆生と云も仏と云も亦如此。迷ふ時は衆生と名づけ、悟る時をば仏と名づけたり。譬ば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し。只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり。 (日蓮聖人「一生成仏鈔」) ここに「菩提」とあります。これは<悟り>の事ですね。また「生死」とは、<輪廻>の事です。「衆生即菩提なり生死即涅槃なり」。

「覚る」と「悟る」の二つの漢字があります。日本ではどちらも「さとる」ですが中国語は読み方が違うし意味も違います。「覚る」は覚醒するとか気付くという意味で、誰もが備えている仏性を覚醒させるという意味であり、これを成仏(覚りを開いた)と言います。 人間の内面には鬼と仏性の両面を併せ持っているというのが仏教の教えです。仏性とは慈悲のことです。慈悲とは地獄に在る人に救いの手を差し伸べたい、苦しんでいる人を救いたいと思う気持ちであり、それを実践するのが成仏の道である菩薩行です。ボランティアも困っている人を助けるのも虐待されている子供を救い出すのも菩薩行です。菩薩行を重ねることで仏性がその人の人格となる。それを「覚りを開いた」とか成仏した(仏に成った)と言います。 「悟る」は理解するとか分かるという意味です。釈迦は人間の悩み苦しみの根本原因が何なのかを悟った(分かった)ということです。その根本原因は煩悩であるということです。原因が分かれば、それを克服するにはどうすればいいかを悟る(分かる)ことができます。釈迦や後に仏となった弟子たちが悟ったことが膨大な経典として残されています。「悟りを得た」とは迷いが消えると言う意味です。最高の悟りを得て更に煩悩を克服した人を阿羅漢と言います。 解脱とは呪縛から抜け出し解放されるという意味です。自分を縛っているものが三つあります。 一つは煩悩からの解脱です。苦しみの根源は煩悩にあるとされ、釈迦は煩悩を滅すために厳しい修行をしていましたが、そのような修行は無駄であることを悟り「煩悩即菩提」を説いています。煩悩とは欲のことであり菩提とは覚りを開いた仏の境地のことです。煩悩が菩提であるとは仏にも欲望があり苦しんでいる人々を救いたいという思いが仏の欲望です。利己的な欲望ではなく利他の欲望であれば煩悩が菩提となる。これを「覚りを開いた」と言います。 二つ目は無明からの解脱です。無明とは無知とも言い、知らないという意味です。自分が煩悩に支配されて生きている事実に気づいていないとか、生・病・老・死の苦しみから逃れる方法を知らないという意味です。この無明から解脱することを「悟りを得た」と言います。 三つめは六道輪廻からの解脱です。ヒンズー教や上座仏教は魂の消滅が目的であり、六道輪廻から解脱は輪廻転生からの解脱であると説いています。釈迦も最初はそれを踏襲していましたが後にそれを否定し、六道輪廻からの解脱による「成仏」を説いています。六道の上は声聞・縁覚・菩薩・仏です。従って六道輪廻からの解脱とは仏の道に入る事を言います。 仏教は人間の心の状態を(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)界の六つに分類しています。これを六道と言います。「界」とは状態のことです。「地獄」は絶望している状態ですが誰かの助けを借りて希望が持てれば抜け出すことができます。このとき助けてくれた人を良縁と言い芥川龍之介の童話「蜘蛛の糸」に通じます。「餓鬼」とは尽きることのない欲望に苦しめられていることです。「畜生」とは理性よりも本能が勝っていることで苦しむことです。これらの煩悩を克服するために人は祈ったり座禅を組んだり滝に打たれたりと様々な努力をしてきました。 「修羅」とは常に他人との戦いや競争を強いられることで苦しむことです。受験と言う戦いが終わっても社会に出れば常に競争を強いられます。これも競争を楽しめるようになれば苦しむことは無くなります。「人」とは平穏な心の状態のことです。「天」とは有頂天になると言うように夢がかなって天にも昇るような喜びの状態のことです。人間の心は六道のどれかに固定されているわけではなく日々移り変わっています。この移り変わることを「六道輪廻」と言います。

ブッダの規定では、命を輪廻に結び付ける煩悩は十あります(十結)。 その結び目を一つ一つ切断して、十全部切り離せば、命(その生き物)は輪廻から自由になり、解脱して涅槃へ行きます。 悟りを啓く必要はありません。

悟りなんて必要ないよ 人間に期待なんてしてないさ 子供の時に死んだら無理でしょう、そんなことなら 前世から菩提心を起こして徳を積む努力の結果で離脱出来るんだよ

輪廻の原因は、執着であるとされます。 執着は、苦しみの原因でもあります。 悟りは、苦しみの滅尽です。 つまり、執着を滅尽しないと、悟りは実現できないということです。 悟りを実現した人は、執着を滅尽しているので、輪廻の原因たる執着も滅尽しているということだから、悟った人には、もはや輪廻が起きない、ということです。