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「であろう」は正しい日本語でしょうか?

spring_breeze0228さん

2009/9/1714:09:23

「であろう」は正しい日本語でしょうか?

wordで論文を作成しているときに「であろう」と書いた場合赤線のチェックが入ります。
口語表現、あるいは間違った日本語なのでしょうか?
代替の言葉は出てきません。
バージョンを2007年版に変えた途端、赤線で表示されるようになりました。
wordが間違っているのか、私が間違っているのかわからなくなってきました。
大学在学中のレポートや論文で多用してしまったのですが…
注意されたことはなかったです。
もうすぐ院入試で小論文を書かなければならないので、
出来れば教えていただければ助かります。

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ベストアンサーに選ばれた回答

ka04zuさん

編集あり2009/9/1716:19:31

「であろう」は正しい形です。
次のように品詞分解できます(学校文法に基づく。)。
で…断定の助動詞「だ」の連用形(※)
あろ…五段活用動詞「ある」の未然形
う…推量を表す助動詞

一方「だろう」は次のように品詞分解できます。
だろ…断定の助動詞「だ」の未然形「だろ」
う…推量を表す助動詞

「であるだろう」は次のとおり。
で…断定の助動詞「だ」の連用形
ある…五段活用動詞「ある」の連体形
だろ…断定の助動詞「だ」の未然形
う…推量を表す助動詞

※形容動詞や形容動詞型活用をする助動詞の連用形「で」
を推量に使う場合も同じ形になります。
例 元気だ。元気であろう。元気です。
例 雨が降りそうだ。雨が降りそうである。雨が降りそうです。

どちらも現在の規範文法にかなった言い方ですが、
「だろう」のほうが優勢で、「であろう」のほうはあまり
使われないようです。子供や一般人の書く文章の場合
は特にその傾向が強いと思われます。
ただ、論文や学術書など改まった文章では今も「である調」が
多く使われています。こちらのほうが格式高く、客観的なニュ
アンスがよく伝わるからではないでしょうか。(下記、文法辞典
からの引用をご参照ください。)
例(神社の神体が樹木であるのは、)
それがいわゆる山の神にほかならぬことを意味するであろう。
(西郷信綱「古代人と死」 平凡社ライブラリー)
(保守的な作家の中には、”作家たるもの「であろう」
を使うべきであり「だろう」を使う者を私は認めない”
という人もいます。)

言文一致運動の中から定着してきた現代の文末表現
には、「だ調」「である調」「ですます調」があります。
例 これは本だ。これは本である。これは本です。
これらを推量形にすれば、次のようになります。
例 これは本だろう。これは本であろう。これは本でしょう。

(仮定ですが)あなたは「だ調」と「である調」を混ぜて使っていらっ
しゃいませんか。wordのチェックは、もしかしたら、その統一を促して
いるのかもしれません。

ちなみに私は国語関係の仕事をしていてwordをよく使いますが、
チェック機能は参考程度にしか使いません。(信頼度が低いとい
うわけではありませんが、様々な文体が入り混じった文章をチェッ
クするほどの能力は有していないようです。)

結論とすれば、
「である調」(「であろう」も含む)を論文に使うのはむしろ正しいのだが、
「だ調」との混用は避けたほうが無難である、
となるでしょうか。小中学生が常体と敬体の混用を矯正されるのと同じ
ように。

なお、次の言い方は直したほうがよかろうと存じます。
助動詞「た」に「です」を続ける言い方はいまだ規範的とは認められて
いないからです。
>注意されたことはなかったです。
→注意されたことはありませんでした。

●追記●
「日本語文法大辞典」(明治書院 平成13年)から関係する部分を
転記します。

>「私も男だ」「私も男である」はほぼ同じ内容を表す言い方である。
但し、「である」は論述的な表現に用いられる言い方であり、書き言葉
としては「である」が一般的であり、そこに「だ」を用いると乱暴な、或いは、
強い表現になる。

これによれば、論文には「である」を使ったほうがよいということになりますね。
(ただ、「である」の敬体である「であります調」は、現在ではほとんど使われ
ないように思われます。)
しかし、論文ではあっても、上記のような違いを意識的に(あるいは無意識に)
使い分けることもあります。次は、国語学者が国文法について書いた学術書
からの抜粋です。(【】は私が付けたものです。)「であろう」と「だろう」の混用が
見られますが、瑕疵とまではいえないと思います。(本書の場合も、圧倒的に
「である/であろう」のほうが優勢です。)

>そういうことで、学校の、特に低学年における文法においては、主語という
術語の使用をなかなか廃止できないの【であろう】。(北原保雄「日本語文法の
焦点」 教育出版 1984年)
>これは、おそらく、bの「太郎が」が固有名詞であることと関連する【だろう】。
(同上書)

質問した人からのコメント

2009/9/20 13:39:20

成功 多くのご回答をありがとうございました。
すでに大学院に志望理由書等を提出してしまったので、
不安で仕方ありませんでしたが、安心できました。
混用の確認はしてみましたが、見当たりませんでした。
一文だけでもチェックが入るので、「であろう」が誤りだと判断されてしまうようです。
私も塾の国語講師をして参りましたが、改めて文法知識の乏しさを実感いたしました。
大変勉強になりました。

ベストアンサー以外の回答

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2009/9/1910:31:18

正真正銘の日本語じゃわい。


<太古>

hiroshikozouさん

編集あり2009/9/1716:35:17

もちろん、日本語としては、間違いではありません。「であろう」は、「だろう」の原形ですね。
口語というより、むしろ、文語でしょう。夏目漱石の「我輩は猫である」の世界ですよ。
古い表現。丁昔の男性の書き言葉では、「である調」というのがあって、その中ではよく使われていたと思います。
同じように、手紙の書き方で、男性が書く場合には、「候文(そうろうぶん」というのが用いられていました。「奉り候」とか。まだ、昭和30年代までは、使われていたのじゃないかな。

なので、論文じゃなくても、「であろう」使うなら、全体に「である」形式な必要あるのだと思います。
もし、まっとうにハネられるとすれば、それが、理由かもしれない。一部だけ「である調」は、おかしい。
でも、他の回答にもあるように論文では、「であろう」でも「だろう」でもなく、「・・だ」「・・・のだ」的な断定で良いのではないですか。

2009/9/1715:34:10

「であろう」は、
「である」と言う断定の言葉に、推量の助動詞「う」が付いて、「であろう」です。
http://dic.yahoo.co.jp/search?stype=0&ei=UTF-8&dtype=2&p=%E3%81%A7%...

決して、間違った日本語ではないみたいです。
「代替の言葉は出てきません。」とありますが、
「であろう」の口語形の「だろう」を御使用になってはどうでしょうか?

2009/9/1714:34:26

「あろうことか」という言葉がありますので、「だろう」をお使い下さい。

f_t_a_k_uさん

編集あり2009/9/1716:17:20

~だろう(疑問)

~である(肯定)

を混ぜて使うなら、「~であるだろう」かな?

仮にも研究のレポートなら、あまり濁した言い方は良くないと思う(結局あやふやです!と言っていることになる)ので、言い切ってしまってもいいと思います。

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