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鴨長明の「方丈記」について質問です。 方丈記には公家の家が16焼けた と書...

sla********さん

2010/1/1621:21:46

鴨長明の「方丈記」について質問です。

方丈記には公家の家が16焼けた
と書かれていましたが、調べてみると14しか焼けてないと書かれていました。

本当わ、どっちなのか。

詳しい方教えてください。

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mak********さん

編集あり2010/1/1717:27:15

公式記録(漢字が書けないので省略)には
関白殿(基房)、内大臣殿(師長)
大納言実定卿、権大納言実国卿、権大納言隆季卿、二位中将兼房卿、大納言邦綱卿、権中納言資長卿、権中納言忠親卿、権中納言雅頼卿、権中納言実綱卿、右大弁三位俊経卿、藤三位俊盛卿
の十三家
その他
大夫史隆
検非遺使別当忠親卿
など百十余町が焼失

16と13の違いは不明
安元三年(1177年)の大火で、方丈記を記したのが建暦二年(1212年)だから35年前で不確かなのか、別宅を数えたのか、後に公卿となった人を入れたのか

追加
方丈記の本で5冊目にその関係部分がやっとあった
九条兼実の日記「玉葉」には、
公卿家、関白(錦小路大宮)、内大臣、源大納言(在西京云々、已上三人、当時不居住彼之家也)、二位大納言(三条西洞院)、中宮大夫、二位中将(已上四条大宮町内両方住之云々)、藤大納言(三条油小路)、藤中納言(綾小路西洞院)、別当(三条堀川)、源中納言(三条猪熊)、堀河宰相(綾小路堀川)、大宮権大夫(在西京不住之家也)、左大弁(六角大宮)、五条大納言(二条油小路直廬也)、【已上公卿十四人】云々。

平家物語には、十六所、源平盛衰記には十七所とあるそうです。

違いがあるのは、分かったが、どれが本当とは記していない。

玉葉の日記の方を正確とみたか。

質問した人からのコメント

2010/1/17 23:24:51

笑う 詳しく説明してくれてありがとうございます。

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