日露戦争で東郷平八郎がとったT字戦法,東郷ターンって何ですか。

日露戦争で東郷平八郎がとったT字戦法,東郷ターンって何ですか。

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一般論ばかりで肝心の説明が抜けてるなぁ himitu150さんので正解です。反航戦の同航戦のとか言うのはこの場合は完全な勘違い。 単純な話なんです。 bwds98さんの言ってることが基本なんです。船の主砲は前後に付いていますから、横方向に打つのが一番強力なんです。副砲も、左右に分けて搭載していますが、正面や後方に撃つよりも左右に撃つ方が数は多いの強力なのです。 ですから、同航戦の反航戦のということになるのですが、逆に敵の正面か後方に対してこちらが側面を向ければ、より多くの大砲が撃てて有利なんです。これがT字戦法で、戦艦の古今東西の常識。パイレーチオブカリビアンでも船は横付けで攻撃してるでしょ。 で、東郷ターンなんですが、これはT字戦法を取る為のトリック戦法なんです。 ①正面から反航戦状態で突入する ②タイミングよく回頭する。 このタイミングが難しい。つまり、一時的に敵に対してこちら側がT字の不利な縦棒の状態に入るのです。よく日本側はターンの間中攻撃できないとか、ロシア側は日本側が気が狂ったと思い狂喜した、というのは、つまりそういうことだからです。当然こんな好機を逃すまいとロシア側は砲撃に夢中になります。有利な体制の内に決着を付けたいからです。実はこれこそがトリック。 ③ターンしたらロシア艦隊ではなくロシア艦隊の未来位置へ向かってUターンし、ロシア艦隊の進路を塞ぐ 日本艦隊は90度回頭で突っ込むのではなく、Uターンしてひたすら速度を上げます。ロシアが気が付いた時は既に遅く結果的にはいびつながら日本側が横棒のT字体制に持っていきました。最初からロシア艦隊の進路を塞ぐ軌道を取っていた日本艦隊に対して、ロシア艦隊は、一事的なT字の有利な位置に喜び、追従が遅れたのです。船ってのは舵を切っても直ぐに回れるわけではないので、あらかじめ航路を決めての回頭と、相手に合わせてあわてて回頭では、タイムラグが生じます。そのタイムラグの間に日本の高機動力でロシア艦隊の針路をふさげると計算し、見事にやってのけたのです。 簡単に言うと、敵がT字戦法になるように仕向けて、敵がそれにかまけてる間に、機動力で逆にこちらがT字戦法を仕掛ける、と言うことです。ターン中はさしずめ「必殺!幻惑の逆T字」とでも言う状況なんです。この辺チャント説明していないのが多いですね。 東郷ターンのタイミングは、このように、先に適に撃たせる、敵にとって美味しい位置関係になりながら、こちら側の被害が最小限になる距離であり、かつ敵がこちらに追従するタイムラグ中に敵艦隊の進路を塞ぐことができる距離、というひじょうに難しいタイミングになります。 で、一旦これをやっちゃったから、以後この作戦は使えません。反抗戦で不意にターンしてきたら「東郷ターンだ」となり、T字の有利を捨てて即同航戦に入ること、が鉄則になっちゃったからです。 nerve_choiceさん >「戦法」しか念頭に無いようですな 東郷ターンは単なる戦法ではありません。大いなる戦略に基づいた戦術です。 海戦開始前までの戦略状況は確かにそのとおりですが、それ以降は「戦術」の解説がメチャクチャです。単に徹底的に叩く為の戦法(同航戦を含む)に持ち込みたいなら、あんな危険なターンは不要です。適当なところでターンして寄って行けば良いだけです。ロシアが反航戦に舵を切ったら合わせればいいだけです。 日露両国の艦隊の艦載砲の砲口径とその数からしたら、まともに同航戦した日にゃ適わないほどの差があるのです。 それゆえの「初めにT字戦法ありき」なのです。 長旅で敵兵が疲れてるのなんのと、そんな希望的観測にすがって、自ら不利な同航戦を無策のままやるほど連合艦隊はバカではありません(孫の代はそうなったが)。月月火水木金金もそのために行ったのです。 まぁ、某宇宙艦隊提督の言を借りると「戦略的不利を戦術的手段でひっくり返す」ための戦術だったのです。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

有り難うございました。

お礼日時:2010/2/22 21:59

その他の回答(3件)

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himitu150さんと一部重なりますが。 日露戦争の勝敗の行方は、日本海の制海権を取れるかどうかにかかっていました。 もし制海権をロシアが握ったら、大陸に展開する日本陸軍は撤退も出来ず、補給も受けられず、そのまま立ち枯れる以外にありません。 そこでロシアがとった戦略が、バルチック艦隊をウラジオストックに入港させて、旅順艦隊との連係プレーで連合艦隊を挟み撃ちにするというものでした。 対して連合艦隊側は旅順港閉塞作戦を取って旅順艦隊を無力化し、バルチック艦隊を待ち受けます。 連合艦隊にとって勝利とはバルチック艦隊を全滅させることであり、そのためには相撃ちで構わないという覚悟を決めていました。 同じ理由からバルチック艦隊は出来れば決戦を避け、ウラジオストックに直行したかったのです。 最善なのは連合艦隊と出会わずに済ませること、次善の策が連合艦隊と出会っても「反航戦」で済ませ、戦力の消耗を避けることでした。 二つの艦隊がすれ違いながら砲撃をする「反航戦」では射撃できる時間が短く、決着をつけることはまず無理です。バルチック艦隊が望んだのはまさにこれです。 しかし同じ方向に平行しながら徹底的に撃ち合う「同航戦」を、東郷提督は望んでおりました。 その「同航戦」をバルチック艦隊に強要する手段が「東郷ターン」だったのです。 バルチック艦隊・ロジェストヴィンスキー提督から見ますと、連合艦隊はあたかも「反航戦」を挑むかのように接近してきます。 「しめしめ、こちらの思う壺だ」とほくそえむロジェストヴィンスキー。 連合艦隊が射程圏内に入ります。砲撃を開始するバルチック艦隊。 ところが、連合艦隊は突如として左へ135度の大回頭をしました。 同航戦を避けたいロジェストヴィンスキーとしては、左へ舵を切りたかったでしょうが、この距離、このタイミングではそれも出来ず、あれよあれよという間に同航戦に引きずり込まれてしまいました。 こうして連合艦隊は歴史に残る大勝利をあげたのです。 >bagdad cafe殿、貴殿は「戦法」しか念頭に無いようですな。戦というものは、まず初めに政治目的があり、そこから戦略が産まれ、更に戦術が発生し、次いで作戦や戦法が生み出されるものですぞ。 「初めに丁字戦ありき」ではないのです。もしロシアが決戦を求めていたら、アレが「バルチック・ターン」になっていたかも知れないのですぞ。

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丁字戦法についてはbwds98さんのおっしゃるとおりの戦法です。 しかし、東郷ターンについては少々背景があります。 大航海時代の船では大砲が船の側面から迫り出し火を噴くと言うイメージですが、このころになると砲台が登場し大砲は備え付けられた台車で回転する事ができどの方向にも撃てるようになります。 しかし、日本海戦時は海は波が荒く、この主砲の狙いが定まらない。よって船の側壁に備え付けてある射程の短い速射砲で勝負をつける必要性がありました。 そのためには大航海時代の戦法である相手の進路に立ちふさがり、こちらの船腹を見せる丁字戦法を成功させなければなりません。 ですが、帆船時代とは違いこの時代は蒸気船で縦横無尽に進路をとることができるので、ロシア艦隊もおいそれと丁字戦法を成功させてくれるはずもありません。 そこで参謀秋山が考えたのが、敵前でUターンを行なうことです。 急旋回を敵前で行なえば、その間こちらからは攻撃は出来ず敵から一方的に攻撃を受けるだけで、しかも前の船が航行不能となれば後続も大混乱となる恐れもあります(黒煙で視界がふさがれる)。 ただの暴挙ともいえる作戦でしたが、秋山には勝算がありました。 まず、日本艦隊の機動性に自信があったこと。 そして、遠路はるばるの航海をしていたため、ウラジオストックへの逃げの一手を決め込んでいたロシア軍はこの旋回を見たら必ずやその旋回中を狙って攻撃しようと近づいてくるであろうと言う目算でした。 このターンを見て無視されてもだめなのです。ゆえにぎりぎりのところで反転させて見せる必要がありました。 敵艦隊8000mで日本艦隊は突如反転、俗に言うこれが「トウゴウターン」の開始でした。 ロシア軍はそれを見て東郷は気が狂ったのかと勝利を確信しこのチャンスをのがすなとばかりに日本艦隊に向かって進軍します。 先頭艦の三岳は集中砲火を受け大損害を受けますが、日本艦隊は次々と反転を終えロシア艦隊の鼻先に船を付け進路を防ぎ丁字陣形を完成させます。 そして、そこから怒涛のような反撃を行い日本艦隊はロシア艦隊の主力艦を炎上させていき日本海海戦は日本の大勝利で終わるのです。

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東郷ターンは、自分の艦隊を相手から見たら、横に並べるようにする為に取った航法です。 相手に横向けにすれば、沢山の大砲が使えます。 正面からだと、艦首部分の大砲しか使えません。