ここから本文です

戦前の陸軍士官学校は難関だったのでしょうか?東京帝国大学よりも難しかったので...

mas********さん

2010/5/1811:14:06

戦前の陸軍士官学校は難関だったのでしょうか?東京帝国大学よりも難しかったのでしょうか?

閲覧数:
4,052
回答数:
4

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

yuj********さん

2010/5/1812:33:18

勉強さえできれば入れた東京大学と、勉強だけ出来ても入れなかった陸士では難易度は段違いです。
健康で強靭な肉体がないと入学できず、また、たとえ入学できても卒業できないのが海兵陸士ですから。
学力的には、別の方も書いておられるように、30~50倍に達した海兵陸士の競争率と比べれば、東大のほうがはるかに低かったものの、こちらはまさに勉強一筋の俊英が挑むということで、同等とみなしてもよいでしょう。
海兵陸士に優秀な人が集まる理由のひとつとして、学費も生活費もいらないうえ、少額ではありますが給料まで出る点は見逃せません。
家が貧乏で大学には行けないが、中学卒業資格を取って海兵陸士に入るパターンも少なからずありました。
そういったことなどを総合的に考えますと、難易度という点では陸士のほうが東大よりかなり高かったといえます。

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

min********さん

2010/5/1814:47:36

全生徒数の8割~9割が皇族や華族階級の子息で占められ、
残りの1割~2割を全国から募集するので、その難関さが良く判ると思います。

fuj********さん

編集あり2010/5/1910:18:46

当時の教育制度について誤解しておられるようですので、いくつか指摘しておきます。

戦前は、今で言う大学に相当する学校に進学するつもりの男子は、尋常小学校(6年制)を卒業すると、中学校(5年制)に進みました。中学校の4年生の時に、その上の段階の学校を受験する資格が生じます。

この際の選択肢は、

(1) 高等学校 (東京にある第一高等学校の名声が最も高く、他に官立・公立・私立の高等学校が全国に点在)。東京帝国大学などの官立大学に入学するには、高等学校を卒業するのが原則でした。

(2) 陸軍士官学校、海軍兵学校など、軍の将校を養成する学校。

(3) 大学予科。もっとも名声の高いのは「東京商科大学予科」でした。現在の一橋大学の前身です。東京商科大学に入学するには、東京商科大学予科に入学、卒業するのが原則でした。

(4) 専門学校。横浜高商(現在の横浜国立大学経済学部)、小樽高商(現在の小樽商科大学)などがありました。

詳しく言うと他にもいろいろありますし、中学校2年の時に受験資格の生じる「陸軍幼年学校」は全国の多くの秀才少年が受験しました。私の周囲にも、今では皆亡くなりましたが「オレは陸軍幼年学校の学科試験は通ったが、身体検査で落ちた」と称する人が何人もいました。真偽は本人しか分りませんが、「陸軍幼年学校」に入学するのが極めて難しかったことを伺わせます。

その中には「旧制中学卒業後、一高を経て東京帝大の医学部を卒業し、東大医学部教授→名誉教授」になって、医者として頂点を極めた人もいましたから、その人については恐らく本当でしょう。

前置きが長くなりましたが、ご質問を

『戦前の陸軍士官学校は難関だったのでしょうか?旧制高等学校よりも難しかったのでしょうか?』

と修正しますと、答を出すことが一応可能になります。

この時代、
「全国の高等学校の定員=全国の官立大学(東京帝大を含む)の定員」
となっていましたので、どこかの高等学校を卒業すれば、どこかの官立大学に必ず進学でき、エリートコースに乗ることが出来ました。ですので、戦前には「大学入試」は基本的に存在せず、「高校入試」が、「大学入試」に相当していたわけです。

戦前の教育について研究した本で、
「陸士や海兵に合格するのと、高等学校に合格するのがどちらが難しかったのか」
を検証した本がいくつかありますが、いずれも結論は
「合格者の学力=各県の旧制中学校での席次」
は同じ程度、ということになっています。

ただし、旧制高校は、入学試験に合格すれば入学できたのに対し、陸士や海兵は、入学試験をパスしても、かなり厳しい身体検査 (一定以上の体格、視力、重大な病気<特に、当時は不治の病であった結核>に感染していないこと)にパスしないと入学できません。陸軍将校や海軍士官の回想記を読むと、学力試験に合格しても、それに続く身体検査、及び入学の直前に再度行われる身体検査でかなりの者がふるい落とされたことが分ります。

参考資料: 「ある海軍中佐一家の家計簿」
http://www.amazon.co.jp/dp/476982601X/
陸士ではないですが、海兵を志望・受験・合格・入学するまでの過程が非常に詳細に書かれております。

* 当時は今より栄養状態が良くなく、医学も進んでいないので、栄養不足の状態で猛勉強したために結核になってしまう人
* 猛勉強のために目を悪くしてしまった人
(「戦闘の際に、メガネを紛失した/壊したので何も見えず、指揮できません」という言い訳は通用しないので、陸士や海兵に入学するには、裸眼で0.8程度の視力が片眼ずつに求められる)

が結構な数いたようです。

ですので、総合的に見ると

「陸士・海兵の方が、高等学校より『入りにくかった』」
(同程度の学力が必要で、かつ、高等学校入試にはない、厳しい身体検査の突破が要件だから)

と言えるのではないでしょうか。これが結論となります。

《他の方の回答について》
『全生徒数の8割~9割が皇族や華族階級の子息で占められ、残りの1割~2割を全国から募集するので、その難関さが良く判ると思います』

陸士についてそのような事実は全くありません。

mya********さん

2010/5/1811:43:16

「東大へ行くよりも防衛大学校へ行く方が難しい」
と聞いたことがあります(定員の違いもあるでしょうが)。

帝大(東大)・明星(陸士)・桜(海兵)は当時のエリートが進む道です。どれが難しいと聞かれれば何とも云えませんが、同じくらい難しかったのではないでしょうか?

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる