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太宰治「人間失格」の「恥の多い人生を送ってきた。」の恥とは何なのでしょうか?

ko0********さん

2010/8/1120:49:32

太宰治「人間失格」の「恥の多い人生を送ってきた。」の恥とは何なのでしょうか?

何度読み返してもわかりません。教えてください。

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mgt********さん

2010/8/1123:36:57

相手に受け入れられたいエゴイズムで自分を偽ったりゴマを擦ったりすることに強い罪悪感、無垢な人間性の欠如を感じたから。

ほとんどの人間が社会で生きていくために「自分を偽ったりゴマを擦ったりすること」を正当化しますが、太宰治はそうした汚れた心にメスを入れ、清算しようとした素晴らしい感性を備えた人間だと私は思います。

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ベストアンサー以外の回答

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bot********さん

2010/8/1320:34:31

いろんな意味で「恥」なのでは?
女性とふしだらな恋愛をしたのも、
自殺を試みたのも。
太宰の作品の中には「不道徳」という言葉が多く出てきます。
この作品の中で、「恥」の多い人生を主人公が話していると思うので、
この本の内容全てが「恥」であり、主人公のすべてだと思います。
すいません、中三の子供が出すぎました。

twe********さん

2010/8/1214:51:01

心中しようとして、相手の女性だけを死なせてしまったこと。
サヨク活動にはまり、そこから転向したこと。
春画を売っていたこと。
麻薬におぼれたこと。

などの「世間一般」の常識から考えて、恥ずかしい行為のことをさすと思います。
ただ、本人はそれを恥であると認識できないので、「恥の多い人生を送ってきました。(私にはどうしても恥はわかりませんが・・・)」という読み方を自分はしています。

yuu********さん

2010/8/1213:42:04

mgtks2さんが回答しているように
「自分を偽ったりゴマを擦ったりすること」をしないと葉蔵は他人と関われなかったと思います。

私は以上のことから恥を次のように考えました。

偽りの自分を演じることは、葉蔵にとっての処世術ではあったけれど、本当はやりたくなかったんだと思います。

だから、その本当はやりたくない演技の数々を後々になって思い返してみると、自分が行った行為であると認めたくないという気持ちが湧き起こると思います。その気持ちが恥であると私は思います。葉蔵は、会う人会う人に後々になって恥になるとわかっていながらも自らしたくない演技をしなければいけなかった訳ですから、苦しいと私は思います。
しかも、葉蔵の演技は相当上手かったらしいのでその恥は大きなものになるだろうと思います。

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