ここから本文です

大河ドラマ 龍馬伝をみて思ったのですが先日の寺田屋での龍馬捕り物の場面でお登勢...

mid********さん

2010/9/1114:06:44

大河ドラマ 龍馬伝をみて思ったのですが先日の寺田屋での龍馬捕り物の場面でお登勢さんは店をめちゃくちゃにされてしまいましたが、この修理費はどうしてくれるのでしょうか?当時災害保険のようなものは

あったのでしょうか?無いとすれば京都守護職に請求出来たのでしょうか?泣き寝入りですか?
話を現代に置換えますが、警察が犯人を捕まえるために、犯人の立てこもっている住居を破壊したような場合は、お金はらいますよね?そういう警察が入るような保険あるのでしょうか?どこからお金が出るのでしょうか?

閲覧数:
562
回答数:
3

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

mon********さん

2010/9/1114:08:13

多分、泣き寝入りでしょう。保険などというものは名前さえ有りません。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

kan********さん

2010/9/1500:50:45

寺田屋は薩摩藩の御用達だったので、薩摩藩が費用を出費し修復したそうです。
また、龍馬を守った三吉慎蔵にも西郷隆盛がお礼にと、古詩と帷子(かたびら)贈ったりしていて、西郷が龍馬に対して
絶大な信頼を置いていたのが伺えます。

余談ですが、現在の寺田屋は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失しており、現在の京都市伏見区南浜町263番地にある
建物は後の時代に当時の敷地の西隣に建てられたものであると、京都市が公式に結論したそうです。

龍馬が昇った階段、お龍さんが入った風呂、銃痕・・・
実際に入場料払って見たのですが・・・

2010/9/1114:37:53

1862年の寺田屋事件では寺田屋は薩摩藩士の抗争に巻き込まれた形になったので薩摩藩が見舞金を支払い、これで破損した店内を修繕し営業を再開した。
しかし、1866年の坂本龍馬襲撃事件では、寺田屋は幕府指名手配の龍馬を匿っていたともとれる状況であり、修繕費を貰うどころか取り潰しの危険すらあった。
実際どうなったのかは不明であるが、寺田屋の建物自体は鳥羽伏見の戦いで焼失、お登勢は明治十年に死去するも「寺田屋」自体はオーナーが変りつつも現在に至るまで営業をしている。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる