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東條英機の憲兵を使いすぎたという意味はどういう意味ですか?

いういさん

2010/9/2315:18:41

東條英機の憲兵を使いすぎたという意味はどういう意味ですか?

憲兵を使いすぎるってどういう意味なんでしょうか?どういう風に悪かったのか知りたいです。

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bou********さん

2010/9/2316:40:04

東條政権時代の政治を別名「憲兵政治」と言います。
それほど、憲兵を多用したという意味です。

憲兵は、通常「軍隊内の警察」であり、
軍内部の犯罪や軍要人の警護に活動が限定されます。
ただ優れた組織力と諜報収集能力にかけては、当時の警察以上でした。

東條の中央への出世の原点は、関東軍憲兵司令官当時、2.26事件で
在満の皇道派関係者を一網打尽にしたところから始まっています。
この際、軍人以外に民間人も数多くを逮捕していますから、
恐らく、この時に憲兵の使い勝手の良さに
味をしめたのではないかと推測します。

憲兵が尾行や盗聴などで集めてくる情報は確度の高いものが多かったそうで、
彼が、関東軍参謀長、陸軍次官、航空総監、陸軍大臣を歴任していきますが、
彼の背後には常そうしたに憲兵の影がありました。

彼が人事権を持ち、権力の中枢に座ると、憲兵隊を陸軍大臣直轄とし、
憲兵隊司令官に、自分の腹心を据えて半ば私物化してしまいます。

首相就任後は、その監視の対象が軍人、政治家以外の一般国民に向きます。
戦況が悪化するに従い、監視が一段と強化していきます。

昭和18年、東條の反対派の大物国会議員であった中野正剛が、
警視庁に逮捕、釈放後自殺する事件が起こりますが、
この逮捕後の自白や、自殺に憲兵が深く関与しています。

昭和天皇の「憲兵を使いすぎた」というのはこれらの事を指します。

ただ、こうした憲兵政治は全国民の消極的な反発を招き、
彼の退陣のきっかけとなった、重臣たちの倒閣工作の時点では、
末端の憲兵達のサボタージュもあって、情報能力が低下したと言われます。

ただ東條の首相退陣後も、
終戦までは憲兵は国民にとって恐ろしい存在であり続けたのです。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

97戦闘機さん

2010/9/2316:31:34

逮捕できるのは警察
警察が許可しない場合兵隊の憲兵を使い
自分と意見の違う物体制異となえるもの

憲兵を使用して 逮捕する憲兵の親分と東條はお友だち
逮捕状は出るのです

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