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大河ドラマ太平記で「佐々木道誉」と出てきますが本当は「京極高氏」ですよね? ...

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ID非公開さん

2005/6/1211:05:39

大河ドラマ太平記で「佐々木道誉」と出てきますが本当は「京極高氏」ですよね?

足利高氏(高氏)と間違えやすいので出家後の名の「道誉」で出てるんですか?

京極氏の本姓の佐々木氏で出てくるのはなぜですか?

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ID非公開さん

2005/6/1215:01:27

佐々木道誉については上の方が詳しく書いておらますが、
小説などでもその時期に名乗っていた名ではなく有名な名で通す場合があります。
親切な作家だと「この時期は○○と名乗っていたが混乱を防ぐため××で通す」というような記述があります。
ただでさえ歴史ものは人間関係が複雑になり勝ちです。
武田晴信→武田信玄のように有名な場合ならともかく、そうでない場合はよく知られた名で通すことがあります。
基本的に視聴者を楽しませるのが目的ですから人間関係を把握するだけで疲れてしまっては困るわけです。
またよく知られた名のほうが感情移入しやすいという一面もあります。
エンターテイメント性を優先するためにある程度の範囲で史実性を犠牲にすることはよくありますよ。

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ID非公開さん

2005/6/1109:56:52

「太平記」においての記載は、佐々木道誉です。
京極氏は、承久の乱で家督を継いだ佐々木信綱が、江北の所領と京極高辻の館を四男に相続させたのが始まりです。
なお佐々木家宗家は、六角氏の祖である三男に継ぎました。
太平記の頃は、どちらも佐々木と名乗っており、道誉の才覚で室町時代に四職家として本家を凌ぐ様になってから、京極・六角と一般的に区別されるようです。

また佐々木道誉は、鎌倉幕府の執権北条高時が出家した後すぐに入道落飾して道誉と称していました。
俗名の高氏は、かなり若い頃になります。

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ID非公開さん

2005/6/1108:21:27

当時、佐々木道誉で名が通っていたのではないでしょうか。
ですから当時の文献でも、佐々木道誉という名前で登場することが多いのだと思います。
武田信玄も本名は武田晴信なのに、信玄の名が通っているのと同じ。

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ID非公開さん

2005/6/1102:55:24

長崎円喜だって内管領を高資に譲り出家するまでは高綱ですからねぇ。

「ご子息高氏殿のことよのう。そのことならば長崎円喜に任せてある!円喜に問うがよかろう!!」by:得宗高時

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ID非公開さん

2005/6/1101:28:29

佐々木のほうが一般に知られているから
。。。。。。。。。。。。。。。。

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