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江戸時代の旅(長旅の場合)で、服は何着くらい持っていったのでしょうか? また...

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ID非公開さん

2010/10/3121:03:44

江戸時代の旅(長旅の場合)で、服は何着くらい持っていったのでしょうか?
また、女性の化粧や服はどのようにしていたのでしょうか?

この前、久しぶりに「水戸黄門」を見て思ったのですが、
江戸時代(それ以前でもいいのですが)の旅人の荷物って少ない?と思いました。
家族との話で、必需品などはコンパクトに持ち運べるようになっている、という話が出ました。

質問ですが、水戸黄門のような長旅の場合、替えの下着や服は何着くらい持っていくものでしょうか?
また、女性は旅先でもお化粧したのでしょうか?
今のように、コンパクトな携帯できるメーク用品があったのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2010/11/113:41:21

文政3年(1820)に刊行された「諸国行程大日本道中指南車」によると、旅先に所持品として

・衣類、股引、脚絆(きゃはん、足の保護目的に、すねにまとった紺木綿の布)、足袋、手甲、下帯(ふんどし)、矢立、手拭、糸と針、扇子、常備薬、鼻紙、道中記、財布、巾着(小銭入れ)、指刀、提灯、蝋燭、合羽、火打石、笠、麻綱(洗濯物をかけるため)などを紹介しています。

ただ明和年間(1761~71年)に刊行された「細見道中記」、文化7年(1810)に刊行された「旅行用心集」には、旅にはあれこれ所持すべきとしながら、「旅の所持品は少なくした方がいい。所持品が多いと忘れものも多くなり、かえって煩わしくなる」と相反することも述べています。

旅の必需品などは振り分け荷物に入れていたでしょうから、衣類や下帯類は最小限度の所持かと思われます。洗濯物をかける麻綱を所持していますので、旅先で洗濯していたのでしょう。

振り分け荷物

http://www.jpkameya.com/sub10/matatabi/15.htm

また旅先の所持品リストの中に、男性用か女性用かはわかりませんが、髪結道具(櫛、鬢付け油=びんつけあぶら、など)があります。江戸時代の女性は化粧水や化粧落としに米ぬかを使用しており、あとは白粉か口紅ですが、旅先まで所持したかどうか?

女性の旅装は、菅笠か手拭の姉さんかぶり、手甲に脚絆、結わいつけ草履に杖、着物の裾をたくし上げ、その上に大きめの浴衣を着て腰ひもで締め、埃よけとしました。

女性の旅装

文政3年(1820)に刊行された「諸国行程大日本道中指南車」によると、旅先に所持品として...

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質問した人からのコメント

2010/11/6 12:30:24

成功 ありがとうございます!大変勉強になりました。
お礼コインの設定を忘れていました、すみません・・・。

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