ここから本文です

「阿含宗・桐山管長「美人内弟子」512号法廷の告発」(溝口敦、週間ポスト、2...

abc********さん

2010/11/1223:59:09

「阿含宗・桐山管長「美人内弟子」512号法廷の告発」(溝口敦、週間ポスト、2009年11月20号)という記事が昨年出版されましたが、この記事をどう評価すべきでしょうか

私は桐山氏と色川千景氏の人目を忍ぶ親密関係が公表されたことで桐山氏をどう評価すべきかを考えています。よく公人の私生活を評価の対象とすべきでないと言われます。しかし、桐山氏が「最高度の智慧を持つに至った人間は、当然の帰結として、正しい愛の心と、深い慈悲の心、高い道徳性を持つものである」(『社会科学としての阿含仏教』、18ページ)と言うように、桐山氏は高い道徳性を持つとともに高い道徳性を持つための方法を説くことを本業としています。従って桐山氏の私生活の道徳性も評価の対象とすべきです。なぜなら公人として立派な発言をしてもその裏で非道徳的であれば、その人物は高い道徳性を持つとは言わないからです。また桐山氏は10年前元米大統領ビル・クリントン氏が「不適切な関係」を持った際に「お好きですね」と法話で笑いのタネにしていました。本人も公人の私生活を評価の対象としたのです。それでは本記事での桐山氏をどう評価すべきでしょうか。桐山氏は智慧を獲得することで執着が断てると説いてきましたが、結局は欲望や執着を絶つことができなかったのだと思います。桐山氏は数年前法話で「私は本当に因縁が切れたかどうか分かりません」と言ってましたから本人も自覚していると思います。そして一般人は執着を断てなくても自制ができますが、桐山氏は執着が断てることを期待する余り自制をする努力をしてこなかったのだと思います。例えば今年1月の例祭で星祭りの修行者がお役をキャンセルすると「俺は一人でもやる」と怒りに震えていましたが、ご自身の体面に執着し信徒に謝罪しなければならない所で信徒を責めていました。次に桐山氏はオウム真理教の事件に際し「私が麻原氏の立場なら信徒を守るために全責任を自分が被り私だけが出頭すればいいと思っています」と言っていました。しかしこの度の記事が出た後で、桐山氏は自分の責任として謝罪し色川氏を守ろうとしませんでしたし、阿含宗信徒のためにジャーナリストの溝口敦氏や出版社の小学館を名誉毀損で訴えることもしませんでした。ただ本記事のほとぼりが冷めるのをじっと待つのみでした。従って第三者から見ると、本記事の内容は真実であると推定されます。以上から本記事により桐山氏は結局は執着が断てなかったことと、信徒のために利他心で生きていたのではなく結局は利己心で生きていたのではないか思うのですが、どう評価すべきでしょうか。

補足桐山氏は最高度の智慧を獲得したと言う以上、物事に執着せず智慧のある行動を要請されます。しかし本記事によると50歳近く若い色川氏が結婚を理由に別れ話を切り出すと、桐山氏は「千景がいないとさびしい」と言って彼女にしがみ付き、彼女の将来がどうなるかに構わず自分の執着を押し通したことからもはや智慧のある人間とは言えません。桐山氏は長年偽りの仮面を被っていた以上評価をし直すべきだと思います。

閲覧数:
2,760
回答数:
2
お礼:
100枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

サンゴさん

2010/11/1801:16:28

彼に言わせればイエスキリストも”横変死の因縁”があったのでしょう。
因縁、因縁、因縁。
ご自身の”刑獄の因縁”という呪縛からはとうとう逃れられなかったのですね。
「最高度の知恵」に、そして「因縁切り」に執着した一生だったのですね。

しかし、孤独感のあまり、女性にしがみついた、というのがもし事実なら、
そのことに関しては人間的な感情だと思うし、非難する気にはなれません。

ご自身が若いころ犯した過ち、
しかし、自分は容姿も良く、頭脳その他、人より断然優れているというプライドが、
「自分でさへ過ちを犯す、ましてや一般人をや。」
これは自分が修行として仏から与えられた使命なのだ。。と。

いつしか自分を特別な者と錯覚し、自分は最高の知恵を身につける、
という、簡単に行ってしまえば、自己責任からの逃避、なのでしょうが、
プライドが異常に高いが故に、行く所まで行かざるを得ない。

11月6・7日にかけて、マヤ長老評議会のドン・アレハンドロ師と、
仏教とマヤの合同の火の儀式を執り行うことになっていたそうですが。。
無事にとり行われたのでしょうか。

ご自身にも自覚はあると思いますよ。
常にご自身の理想とご自身の現実の食い違いに、
何よりご自身が苦しんできたと思います。

まぁ、短期間だったけれど、お世話になった人です。
誰にも限界はあると思います。

質問した人からのコメント

2010/11/18 20:19:15

成功 桐山氏が最高度の智慧や因縁きりに執着したのは、自己責任からの逃避であるというするどくかつ斬新的な解釈を頂き有難うございます。今にして思うと、桐山氏の「大学教授は専門バカ」とかバラエティー番組を全面的に否定するコメントは最高度の智慧からではなく、単に言いたい放題だっただけなのですね。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

sec********さん

編集あり2010/11/1723:41:07

宗教上の議論で人格攻撃なら問題ありますが、一般週刊誌のゴシップ・スキャンダルは本人の問題ですよ。本人が訴訟するなりすればいい。
ただ巷間いわれている犯罪歴が事実なら宗教・教団に入る前に知っておいていいはずのことではないでしょうか。

阿含宗自体も評価しなおすとなおいいとおもわれます。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる