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喪中 という考えは、仏教的なものでしょうか? 私は、親類がなくなっても、年賀...

ahi********さん

2010/11/2322:01:49

喪中 という考えは、仏教的なものでしょうか?

私は、親類がなくなっても、年賀状や、忘年会など、職場に関係あることはしたいと思います。

これから生きていくうえで大事な人間関係だから。

こういうのおかしいでしょうか?

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sup********さん

2010/11/2818:34:52

少なくとも、仏教には喪中という考え方はありません。
仏教では中陰という、故人が成仏するまでの49日間を表すものはありますが、これは喪中とは別の考え方です。中陰を過ぎても悲しみに暮れるというのは、故人の成仏を認めないことになり、むしろ仏教では否定されます。

神道では忌中(亡くなった日から50日間)がありますが、これは穢れている間は神社に立ち入ってはならないというものであり、喪中とは全く別のものです。

もちろん、キリスト教にも喪中はありません。

では、喪中というのは何なのかと言うと、明治時代に太政官布告という法律で決められていたものです。その基本思想は儒教にあると言われていますが、儒教でその日数が決められていたという訳ではありません。
もちろん、現在では太政官布告も失効していますので、現代においてはもっぱら遺族の心の問題として捉えられます。その太政官布告にしても、1年間と決められていた訳ではありません。
昭和30年代に喪中はがきが発明された時、印刷需要を確保するための戦略として頭のいい印刷屋さんが「1年」という「新常識」を考えだしたことであり、宗教的にも法律的にも全く根拠はありません。
いわば、バレンタインデーにおいて、宗教とは全く関係のないチョコレートを贈る習慣を根付かせたお菓子メーカーと同じようなものです。

根拠のない新習慣に流されて喪中はがきを出したところ、その年から年賀状での交流が途絶え、旧友との唯一の音信が復活できなくなったと嘆く人もいます。「1年喪中」を発明した印刷屋さんも、そこまでフォローする方法は考えていなかったようです。
喪中でもないのに喪中と宣言することがいかに愚かなことか、現代人はもっと考えた方がいいですね。

身近な人が亡くなったら、その悲しみやショックから立ち直るまでの間、祝い事に参加する気にもなれないとは思いますが、現代社会においてそれを1年間も続ける人などいないし、非現実的な話です。
そもそも「忘年会に参加したい」と考えている時点で、その人は既に喪が明けています。喪が明けているのに喪中とするのは、それ自体が矛盾しています。
また、喪に服すことは個人の自由ではありますが、それはビジネスには持ち込まないという原則があります。個人的事情に過ぎない「喪中」を仕事上の人間関係に持つ込むこと自体、そもそも間違いなのです。

以上のことから、質問者さんの考え方は全く間違っていないと思います。

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con********さん

2010/11/2417:12:14

おかしくはないですよ
喪中の考え方は日本の習慣であり、仏教限定ではありません

仏教限定なら、49日がすぎればOKな物をわざわざ、習慣として1年となってしまったいきさつがあります

キリスト教などでは、長々と喪に服す習慣も無い反面、日本に暮らすキリスト教などの方は、日本の習慣に合わせて年賀状辞退される方も居られるようです(過去質よりhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1234083682

何でもOK,風見鶏の国です
社会へでたら、極端なもので無い限り、そのまわりの地域の慣習にそって行けば良いと思いますよ

しっかり周りを見ることです
自分がしたいことでも、その年は「無し」と社命で通達がある時もありますからね

say********さん

2010/11/2415:36:40

そもそも喪の期間は「忌中」の49日まで。その喪が明ける「忌み明け」に「精進落とし」として魚料理を食べる宴を開いて、日常の生活に戻るわけです。
この期間は明治7年の太政官令(だじょうかんれい)で厳密に決められていました。
例えば 父母の死亡で喪は50日など
この取り決めは戦前までは通例となっていましたが、戦後のどさくさに紛れて、喪が明けるのは1年たってからという俗説が生まれたといいます。
「喪中につき」という葉書はこの俗説に従ったもので、歴史的に根拠がないようです。
喪が明けた50日目以降の正月であれば賀状を出すのをひかえる必要はないといえます。
(参考:神崎宣武著・「神さま、仏さま、ご先祖さま」)から

親戚のご不幸は関係が薄いから 挨拶の対象外だと思いますが、
ご自身に近い方ほど日が過ぎたからといって 悲しみが癒えない事があるでしょう。
生きていくうえでの人間関係は大事だと思いますが、ひとの感情は前もって予想出来ないかもしれませんね。

thu********さん

2010/11/2323:30:05

喪中というのは、仏教的というよりは日本人の習俗でしょうね。

喪中の人からハガキが来ると、ハガキを頂いた方が不思議に思われるでしょうね。

どうしても年始の挨拶をしたいということであれば、松が明けてから「寒中見舞い」のハガキを出されては如何ですか?

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