ここから本文です

1890年 ビスマルク氏が失脚して フランス孤立は すぐに終わったのですか?

アバター

ID非公開さん

2005/7/619:03:19

1890年
ビスマルク氏が失脚して
フランス孤立は
すぐに終わったのですか?

閲覧数:
258
回答数:
2

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

アバター

ID非公開さん

2005/7/712:53:02

すぐに…とはどの程度の時間を指すのかわかりませんが、翌年の1891~94年には露仏同盟が成立していますから、当然その準備が進められていたわけです。
ですから実質的には、1890年の内に孤立状態ではなくなったと言えるでしょう。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

アバター

ID非公開さん

2005/7/700:28:08

退任
1888年、ビスマルクが長年仕えたヴィルヘルム1世が死去する。

その後を息子のフリードリヒ3世が継ぐが、三ヶ月で死去し、その子のヴィルヘルム2世が後を継ぐ。

この若き皇帝はビスマルクの複雑な外交術が理解できず、単純で直線的な植民地拡大策を欲し、また社会主義者鎮圧法の更新に反対して、ビスマルクと度々衝突し、1890年にビスマルクを解任した。

ビスマルクは自分の領地のハンブルク近郊のフリードリヒスルーに引退し、1898年7月30日に没した。

ビスマルクを排除したヴィルヘルム2世は単純に力で植民地を奪い取ろうと3B政策を推進してイギリスと対立するようになり、独露再保障条約の更新を拒否してロシアとも対立し、三国協商を形成させ、三国同盟VS三国協商の対立関係を生み、ビスマルクが最も恐れていたドイツ包囲網を形作らせ、第一次世界大戦に於ける敗戦へと向かっていく事になる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC%E...

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる