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関東大震災があった1923年9月1日の時点で加藤友三郎内閣ですが、調べたら首相は8月...

xykma_1039さん

2011/1/2018:13:42

関東大震災があった1923年9月1日の時点で加藤友三郎内閣ですが、調べたら首相は8月に病死とあって、 年代暗記の単語帳を見たら当時の首相の欄に内田康哉臨時代理とありました。
内田康哉について調べたら代理の記述は特にありませんでした。

まとまりがなくて申し訳ないですが、加藤首相の病死から第2次山本権兵衛内閣成立までの経緯を教えて下さい。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2011/1/2019:07:24

加藤友三郎病気急逝(1923年(大正12年))。内閣総理大臣の死去の際には、内田が宮中席次に於いて内閣総理大臣の次席であった為、皇室儀制令の規定に則って内閣総理大臣を兼摂(臨時兼任)した。首相臨時代理の際には関東大震災に遭遇し、海軍大将・山本権兵衛に組閣の大命が降り、正式に内閣総理大臣に就任するまでの間、震災対策の指揮を執った。

質問した人からのコメント

2011/1/27 14:05:16

ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2011/1/2019:00:28

加藤友三郎首相は
大酒のみだった結果で
8月24日に62歳で
死去してしまいます。
その際に臨時首相代理で
内田康哉が就きました。
しかしその8日後
関東大震災が起きてしまいます。

つまりは
正式な首相がいないまま
未曾有の大災害に
見舞われてしまいました。

ただ9月2日に
山本権兵衛に組閣命令が下され
第二次山本権兵衛内閣が
成立しました。

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