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首都大学東京の宮台真司先生について、彼が行っていたテレクラのフィールドワーク...

chitekikoukisinさん

2011/1/2701:34:38

首都大学東京の宮台真司先生について、彼が行っていたテレクラのフィールドワークの方法がどのようなものだったか知りたいです。

宮台先生の著書などには、テレクラのフィールドワークをしながら、たくさんの女性と性行為をしたなどと、結構書かれています。

テレクラで何百人と、そういう関係になったそうですが。

しかし、わたしの友人などから話しを訊く限りでは、テレクラとは所謂、割り切りと呼ばれる売春がほとんどであると断言しています。

だとしたら、テレクラで数百人とそういう関係になったとすれば、お金のやり取りが発生したのではないかと想像してしまいます。

でも、宮台先生は、当時たしか、東大の助教授?だったと思うのですが、そんな彼が買春をするとは思えません。(彼は買春の肯定論者だったと思いますが……)


質問は、彼がどうやってそんなにたくさんの女性と身体の関係を持てたか? です。

単純に高学歴で背が高いから女性にモテたのでしょうか??
それとも、取材費を少しくらい渡して、あとは成り行きだったとか。

たぶん、彼は頭が良いですから、法に触れる行為はしていないと思いますが、どのような方法で取材&遊びをしていたのでしょうか?

教えてください。よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2011/1/2813:54:18

>>テレクラのフィールドワーク の件の詳細を存じませんが、想像するに実体験ということでしょう。
>>宮台先生の著書などには、テレクラのフィールドワークをしながら、たくさんの女性と性行為をしたなどと、結構書かれています。
ソースが無いですが、書かれているとしましょう。
宮台某氏は50歳くらいですよね。現在の年齢でぎりぎり40歳から上の方は「本当のテレクラ全盛期」を知っている世代です。
あなたの友人が言うとおり、現在の店舗型テレクラは非常に燕コール率が高いのは事実ですが、20~25年程前、いや20年前だと少々時期がずれるかも、ともかく20数年前のテレクラは、普通の男女の即アポ即会いは当たり前でしたよ。
当時は燕とか営業コール以上にピュアなコールが圧倒的に多く、又利用者の年齢認証が甘いという時代でもあったので、ごく普通の女性といくらでも出会えました。
私なんかでも、ある年は2~3日に確実に1人の女性と面接成功出来ましたし。遊び仲間の友人はたいして男前でもないけど優しい感じがいいのか、実際数百人とかいってましたよ。何も特別な方法なんてないです。勿論飛燕です。燕が蔓延るのはもう少しあとの話ですね。
質問者さんはおいくつなんでしょう?20数年前のテレクラ経験者とか身近にいたら聞いてみてごらんなさい。

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ベストアンサー以外の回答

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2011/2/216:41:24

宮台は危険人物なのかも ......

runchan7878さん

2011/1/3017:25:03

私も、この本、読みました。

町田がフィールドワークでしたね?!

私もお金のやりとりはあったと思います。

また彼は聞き上手だったのではないかと。

みんな、援助ってわけじゃないと思いますよ。
テレクラ遊びするには、経済力は必要ですがね。

ルン

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