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中国と韓国人について 政治や教育の問題で中国人、韓国人は 日本人にたいして...

昭和のケツに生まれたオレさん

2011/1/2915:53:29

中国と韓国人について

政治や教育の問題で中国人、韓国人は
日本人にたいしてよく思わない印象があるとおもうのですが

なぜ日本のブランドや食文化を支持するのでしょうか

なんだか矛盾してるなって思うので

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inf********さん

編集あり2011/1/2916:15:54

中国の富裕層に関しては、安全だからだそうですよ。
自国のモノは、怖くて食せないらしいです・・・。


また、韓国に関しては10年ほど前には、中国並みの報道規制があり、
東方神起が、日テレの番組で、マジンガーZや銀河鉄道999が
日本のアニメだと聞き、驚いていました。
韓国のモノとして、鑑賞していたのですね。
http://tvxqmixiah.blog33.fc2.com/blog-entry-344.html

反日教育と、クールジャパンを筆頭にした日本文化の浸透は、
パラドックスでありながらも、普通のことなんじゃないですか。

自分には、仏人は嫌いだがフランスは好きっていう友人がいますよ。
中々、複雑ですね。

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t7d********さん

2011/1/2917:07:24

私もよく判らないけど、国土が島国で自然に恵まれて、同じアジアでも大陸民族とは全然違う気質で日本人は自然・野生と共生する優しい、民族です。韓国・中国などは周りの好戦民族に永い間、騙され、嵌められ、痛い目にあわされてるから、日本人が逆に民族の団結力と天皇陛下を立てる文化が怖いほど判らない気質と思ってます。自分の国にはない、羨ましい気持ちも多少あるかも知れません。

hir********さん

編集あり2011/1/2923:19:36

60〜70年代に、当時の日本の若者たちが反米を掲げたデモに参加する一方、ジーンズなどアメリカ風の衣装に身を包み、ロックなど洋楽に熱中していたことと同じです。

反感と愛好は必ずしも共存不可能なものではありません。


http://www.shiokawa.j.u-tokyo.ac.jp/ongoing/books/mitanihiroshi.htm
三谷の専門は日本史だが、中国・韓国の留学生などと接する経験を通して、中国・韓国の「反日ナショナリズム」についても立ち入った認識をもつに至ったようで、それがどういうものなのかについて、分かりやすい説明を提供している。その前提として重視されているのが、「忘れ得ぬ他者」という概念である(一一五‐一一九、一四一‐一四五、一五四‐一五六頁など)。「忘れ得ぬ他者」とは、「自己」主張するために必ず引き合いに出される「他者」のことであり、近世日本にとっての中国がその好例だとされる。そして、一九世紀のドイツ人にとってのフランス、同時代のアメリカ人にとってのイギリス、植民地とその後継国家にとっての(旧)宗主国、現代のほとんど全ての国民にとってのアメリカ合衆国などが「忘れ得ぬ他者」のさらなる例として挙げられ、現代中国・韓国にとっての日本もその例だというのである。この「忘れ得ぬ他者」は愛憎半ばする対象であり、時によって愛憎のどちらか一方が表に出るが、背後に隠れていたものが条件次第で表に現われる——憧れから敵愾心へ、またその逆—— こともよくあると指摘される。
ネーション意識に限らず、アイデンティティというものが一般に「他者」との関係で形成されるのは当たり前だが、「他者」一般ではなく「忘れ得ぬ他者」と表現するところに、歴史家のセンスが現われているように思う。現代中国・韓国について説明する際に、江戸時代日本の例——現実の中国との接触は小さくなっているのに、中国との対抗が意識の中に大きな位置を占め続けた——を下敷きにするのも、歴史家ならではのセンスだといえる。また、それ以外の世界諸国の例を引き合いに出しているのも、中国・韓国と日本の関係だけを突出させることなく広いパースペクティヴの中でものを考える上で有益である。
「忘れ得ぬ他者」は、現実の関係が薄くなっても、長いことアイデンティティ形成の核となって残る。もっとも、絶対に変わらないというような宿命があるわけではなく、条件次第で、また長い目で見れば、変化の可能性があるが、それにしても、その変化はそう簡単に生じるわけではない。この認識を基礎にすると、現代中国・韓国が戦後数十年経ってもなお日本を「忘れ得ぬ他者」としていることが理解できる。また、ある国を「忘れ得ぬ他者」と意識する側とそのように意識される側の間の関係は、しばしば非対称的なものである。現に他者を支配している最中の国は相手のことをそれなりに意識せざるを得ないが、その関係が過去のものとなれば、支配した側は相手のことを「忘れる」。これに対し、支配されていた側は相手のことを「忘れ得ぬ」ものとして長らく意識し続ける。こうした非対称性およびそれに由来する意識の齟齬は、ここで取り上げられている例を離れて他にも様々な例を考えることができるだろう。いずれにしても、齟齬の存在自体を直視し、そのことによって少しずつほぐれる方向に向けて努力することが必要ということになる。

foo********さん

2011/1/2915:54:15

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