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古典に詳しい方回答お願いします。 高校で習った和歌なのですが、 「~まだふみ...

win********さん

2011/2/1901:00:40

古典に詳しい方回答お願いします。

高校で習った和歌なのですが、
「~まだふみもせず 天橋立」
という和歌です。最初の方は忘れてしまいました。
誰が書いた和歌で、最初の方がどんな和歌だったか教えてください。

作者は有名な歌人の娘で、お母さんはこの時天橋立に行っています。誰かに、いつも歌を読むときはお母さんに考えてもらってるんだろ。みたいな事を言われて、その人の袖を引っ張って引き止めて言った和歌です。

まだふみもせずが文と踏みをかけて、まだ行ったこともないし、手紙も書いたこともないという意味があったと思います。

とても印象が強く好きな和歌なので教えて頂きたいです。

よろしくお願いします。

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vin********さん

2011/2/1901:12:28

「大江山 生野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天橋立」
(おおえやま いくののみちの とおければ まだふみもみず あまのはしだて)

小式部内侍(こしきぶのないし)


解説貼り付けます。

「非常に技巧が凝らしてあるため、学校の教材に取り上げられることが多い和歌です。
「習った」と言う人も多いのでは?

この歌の面白さは、まずこの詩がどうやって詠まれたかを知らないと半減します。
作者の小式部内侍は有名な歌人、和泉式部の娘です。母の才能を受け継ぎ、歌の名手として
小さい頃から高い評価を受けていました。

しかし、なまじ母が素晴らしい歌人である故、「小式部の歌は、母親の和泉式部が
代作してるのさ」なんていう失礼な噂も立ったりしていました。

ある日、藤原定頼という男の人が、小式部の部屋の前を通りながら
「母上のいる丹後から、今度の歌合わせのための手紙は来ましたか?」
なんて余計なことを言ってからかおうとします。母上からの代作は届きましたか?というわけですね。

これを聞いてあら失礼と思った小式部、御簾(すだれ)から手を出して
ぱっと定頼の服の裾を押さえ、この歌を詠みます。

母のいる丹後の大江山には、幾つもの野を
越えて行かなければならないので、丹後の生野はもちろん
天の橋立だってまだ踏んでもいないし、母からの手紙だって
見てはいませんわ。

大江山、生野、天の橋立はいずれも丹後(今の京都の北あたり)の地名です。
さらに、生野は「幾野」と「行く野」の2つが掛詞になっており、「踏みも見ず」は
「文も見ず」つまり手紙も見ていないという掛詞。
こんな技巧的な歌が即興でぱっと出るということ自体、彼女の才能の証明に他なりませんよね。
定頼は押さえられた手を振りほどいて、慌てて逃げてしまったそうです(笑)

余談ですが、この定頼と小式部は付き合っていたらしいです。
となるとこの行動も「好きな娘には意地悪したくなる」心情でしょうか?(^^)」


とありました。

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ベストアンサー以外の回答

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ora********さん

2011/2/1901:16:53

大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天橋立
ですね。
作者は小式部内侍、有名な母というのは和泉式部のことです。


小式部内侍が、歌合(歌を詠む会)の歌詠みに選ばれました。
その時、歌の上手な母は夫・保昌とともに丹後国に行っていました。
ある人が小式部内侍に向かって、「まだ丹後からの手紙(歌合に詠む歌が書いてある手紙)は届きませんか?使いは来ましたか?」と皮肉を言ったのです。
そこで、小式部内侍は、即興で歌を詠んだわけですね。

「大江山まで行く途中の、生野までの道はとても遠いので、天橋立にすら、使いは足を踏み入れていません。ましてや、文(手紙)は見ていません」
という意味です。

いく野とふみが掛詞になっている、というのが高校の授業で扱うメインでしょうか。
技法が凝らしてあるので、皮肉を言った人は急いで帰った、というお話です^^

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