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日本史について質問です。 元寇との戦いで相手の集団戦法にやられた日本は名乗り...

rsb********さん

2011/4/1421:53:50

日本史について質問です。
元寇との戦いで相手の集団戦法にやられた日本は名乗り?をしてから戦うので負けたと聞きました。
そこで、質問です!
鎌倉辺りの日本の戦い方を詳しく教えてください!

てつはうも強かったと思いますが、名乗り?をしてなぜそこまで苦しめられたか分からなかったので;

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kar********さん

2011/4/1716:08:49

鎌倉時代あたりまでの戦いでは、小さな家族単位の小集団が集まってひとつの大きな軍を形成していました。小集団の目的は軍全体の勝利というよりも、あくまで恩賞。そのため、より多くの恩賞をもらえるように自分の活躍を周囲に印象付けておく必要がありました。そこで名乗りを上げ、戦後の論功行賞の際の証人を作っていました。合戦前、お互い証人になる約束をしていた武士たちの例もあるそうです。
モンゴル軍に対しても、当初、鎌倉武士は日本軍としてひとつにまとまって戦ったわけではなく、国内戦と同様、小集団主体の戦い方をしていたので集団戦法に苦戦したとされています。

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ベストアンサー以外の回答

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wes********さん

2011/4/1421:57:00

昔は国内で争うことがほとんどだったため、自分の領土や出身地などをいってから戦い、負けたら領地を渡すなど、男ぞろいだったのですね。

それに対し元寇は普通に占領しに来たからてつはう投げときゃいいやみたいな感じだったと思います。

したがって日本の方々は気の毒なことに自己紹介してたら爆撃に合いました

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