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プロレスラー 木村健吾について色々と 教えて貰えないでしょうか? ・日本プロレスのとき 坂口の付け人だった ・藤波のパートナーであり ライバルであった

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

詳しくありがとうございました いい人のようですね。 好きになりました!!! 藤波vs木村がYouTubeで 見れないのが残念です。 あと一歩のとこで輝く事の できなかった木村健吾 そこもまた魅了かも知れませんね 他の回答者の方も ありがとうございました 前田のコメントウケますね(笑)

お礼日時:2011/6/24 1:23

その他の回答(3件)

現在は東京都品川区の議員をしています。

メキシコではパク・チューの名でNWAライトヘビー級のベルトを巻き、悪役として悪の限りを尽くした 日本でもそのスタイルを使い続ければ、長州よりも木村が一気に第一線に躍り出たのにと言われるが、本人はこういうレスラーも必要だから と中堅で踏みにじられることの多かったであろう自分のレスラー人生に満足している様子である 藤波をライバル視して、ワンマッチ興行など闘いを挑んだ(鉄パイプ入り稲妻レッグラリアットも自分で反則を曝露)ものの、藤波は木村をライバルと思っていない 印象に残る試合は、ワンマッチと猪木坂口との「猪木をフォール~(藤波が)」の試合 平成維震軍(というか反選手会同盟)では、越中の影になって軍団を支えたが、抗争相手の天龍は「越中の入っていないチームとはやらない」とつれなかった 若手のエース候補が凱旋帰国なりUターンしてくるなり、いつも番付を下げられる微妙な立ち位置だったが、自称藤波のライバルというのが地位をガクガク下げずに済んだギミックだった キムケン!

ボクサーを目指していたが、網膜はく離になりプロライセンスが取れなくなったが、格闘技をやりたくて相撲部屋に入門したが、今度は腰を痛めて廃業。 腰が回復すると、やはり格闘技熱が再燃し、プロレスに入門した。 苦労人なので後輩の面倒見が良く、良い人として知られていた。 片山明が頸椎損傷の重傷を負い解雇となった当時、選手会長だった木村健吾が全選手とファンの署名を集め片山の解雇を撤回させた。 また、札幌大会で蝶野と越中が仲間割れをした時、観客から「健吾!仲裁しろぉ」と声が出ると、その場に居ないのに大健吾コールが起こった。 酒豪としても有名で、藤原組長・田中リングアナと3人で一晩で日本酒7升を飲んだが、最後は残った酒を藤原組長と奪い合い、マジ喧嘩に発展した。 木村健吾から木村健悟にチョットだけ改名した。 必殺技の稲妻レッグ・ラリアートと伴に地味な印象が強いレスラーだが、本域で放つ稲妻はシャレにならない威力らしく、ブロディ-は初めて稲妻を喰らった後、ブチ切れてそのシリーズ中全試合で木村潰しを仕掛け、常連だったマスクド・スーパースターはハワイでのIWGPタッグ戦で喉に稲妻を入れられ長期間来日を拒否し、佐川急便杯で稲妻を喰らった前田日明は「新日本は俺を潰そうとしている」とマスコミに怒りを露わにした(自分は顔面や関節を狙った蹴りをしまくっていたが)。 試合前はヒンズースクワットを延々とやっている。