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自己を確立するには具体的にどの様にすれば良いですか?

kyu********さん

2011/6/1700:35:57

自己を確立するには具体的にどの様にすれば良いですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

nea********さん

2011/6/1703:32:33

「自己」とは簡単に言うと「他人」と比べて「差異=違い」があることで、その違いがどのような種類のものかということです。

という言い方はすこし現代的過ぎで、ちょっとした思想史的整理が必要です。

まず伝統的西洋思想の上では、自己とはそのまま自律して存在していました。プラトンの「イデア」の議論からわかるように。イスがあったら天界に「イス」っていうものが本当に存在して。現実のイス達はその天界=「イデア界」の「イス」のコピーだという風に考えます。つまり物事の存在を「絶対的」に考えます。

この伝統上に「自己」というものも考えられます。個人は他人から完全に独立して「自らそのまま」で存在します。A君はB君とは無関係で、他でもないA君として「自己」を持って存在しています。

しかし、これは「フィクション」でしかありません。

ソシュールは言語学的な研究においてA=Aとして(Aというものが在って、Aと名前が付く考えていた)以前の言語観を、A=NotBでしかない、つまりAとBの違いは本当にただの「違い」でしかない。Aというもの自身には自らのなんの根拠もなく、ただ他のBなどとの違い=関係から決定されているということを明らかにしました。

フロイトは理性的で自律的な存在とされていた「自己」が、実は得体の知れない「無意識的衝動」に支配されているということを、主張することで、「自己」の存在を根本から否定しました。

これは西洋思想史的には天地がひっくり返るような「大大大大事件!」でした。しかし、「自己」なんという大げさなものを端から信じていなかった我々にとっては、なんということも無かったのです。

上司の前ではへこへこおべっかをつかう卑屈な「小者」、家に帰っては妻や子供に尊大に振舞う(暴君)、近所の人たちには人当たりの良い「紳士」など。まさに「関係」次第でころころ自らが変わる多重人格者のような生き方をしても、「自己」の崩壊だとかで苦しむことはおそらくすくないはずです。

「自己」とは、西洋では否定され、東洋では元々存在しないという代物となったともいえます。

ですが、われわれの社会の仕組みはまだまだ「自己」を必要とします。「自己」とは自らの行為を自らの「自由意志」で選択し、その責任を100%引き受ける責任能力をいいます。「自己」を否定するとは、自分のやったことに責任を取らないということです。犯罪を犯しても、「あれは自分じゃなかった」としらばっくれられては社会は確実に崩壊します。

その意味で「自己」とは「フィクション」としての約束事です。そしてわれわれの社会はそのような「フィクション」の積み重なり・網として存在していて、なによりそのもろもろの約束事を「信じる」ことで成り立っています。商売関係、人間関係などを考えてみればわかります。本物=何らの前提や努力もなしにそのままで成立するような関係はほぼ無いともいえます。そもそもそのような「完璧な」関係が「存在する」と主張すること自体が、「信仰」といえますから、これはすでに一種の「宗教」です。

つまるところ、「自己」とは他人との差異の集合体にしか過ぎません。ファッションで考えるとわかりやすいです。、「個性的な」ファッションとはブランドの細いズボンを少し折り曲げて履いたり、髪の色を他人と少し違うように「少しオレンジかかった黄色に黒色の部分を残す」ことによって個性的な「自己」が作り上げられたりします。しかもそれらの「イカした」スタイルはどこかの、デザイナーか雑誌の編集者がアパレル業界と結託して好き勝手に決定しているお金儲けのシステムに「乗せられている」に過ぎないのです。

しかし、人々はその「フィクション」としての「カッコよさ」を「信じ」、それを大勢で「実践」することによって、本当にある人たちが「イカした」「魅力的」な存在となって、果てには「アイドル」として「有名」になったりするのです。そして彼らは自分たち自身が本当に「価値」をもった存在だということを「信じ」ています。これは悲劇的な「カンチガイ」で、流行がすぎれば彼らの「価値」は魔法が解けたかのように消え去り、何にも出来ない軽薄な若者となるのがオチです。

長くなりました。つまり社会的存在であることを「捨てない」かぎり、「自己」を「フィクション」としてでも「想定」し、「信じ」、かつその「実現」、「完成」を目指して真摯に「努力」する「態度」を養うことだと思います。方法的には他人とどうにかこうにか、「違う」ように見せ、思わせる「戦略」です。また「自己」創出の「ゲーム」に「乗らない」ことも出来ます。その方がつまらないことに右往左往せずにすむかもしれません。といっても、本物の「自己」のない代わりに、本物の無「自己」というのもないですが。

質問した人からのコメント

2011/6/20 10:58:27

感謝 皆さんご回答いただきましてありがとうございました。

みなさんそれぞれ考えさせられるもので大変ためになりました。

今回は一番初めの方にBAをお願いします。

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kum********さん

2011/6/1820:49:56

自分の決断で何が変わるかを自覚することでしょう。

gig********さん

2011/6/1720:34:30

自己は、第一義的には「考える自分」だと思います。

どうして考えるかというと、できるだけより善い判断をしようとしているのではないでしょうか。意識していなくても、いろいろと選択しながら人間は生きているものです。向こうからやってくる人がだれか、ということだけでも、だれだれさんかなと判断しているものです。つまり、単に知覚しているようにみえることでも、判断力を働かせているのです。
相手が望ましい人か、望ましくない人か、正しく判断できればうまく対応できます。
このように善い判断がいつもできると、結局善く生きることができることになります。

自己の確立は、自分で考えて物事を正しく判断できるようになるということです。
そのためには、マスコミや権威のある人や大衆が、答えは「A」だと声高々に言うからといって、それをうのみにしないで、少し自分で「本当かな」と考えてみることです。人の言葉に右往左往されないでよく考え、人がいいからといって、本当に自分にとってもいいものかと自分自身に問いかけてみることです。
ただし、正しい判断をするためには、それなりの情報や知識も必要です。そのために勉強するのです。
その時点で正しいと自分で思ったことも、新たな情報が入れば異なってくることもあるでしょう。最初の自分の答えに固執しないで、より正しい判断へと転換させる柔軟な姿勢も大事です。周りの世界に広く視野を広げましょう。

できれば、自分の世界観をもてるように、読書と経験を積むことをお勧めします。
そうすれば、なにかあっても動揺することは少なくなると思います。

isu********さん

2011/6/1718:19:47

守破離でお話します。まず、大人の特徴を真似します。つまり、感情が安定している、他人の言動を冷静に受け止める、自律した価値観を持ち、他人と自分とは、ちがうんだということをきちんと認識でき、自己を客観的に評価できる、など形から真似をして行きます。それができたら、今度は自分自身の個性的な特徴を考え、それを形作るようにします。例えば特に「他人には優しい」とか、良く気が利くなど。これが自然に出来るようになったら、いままでの意図してやっていたことが、無意識にできているか、調べ、出来ていれば、自己を確立できたことになります。(=^・^=)

kat********さん

編集あり2011/6/1717:00:14

端的にいって、「自己を確立するには」自己をなくすことです。

具体的にいえば、社会的経験を積み、辛酸を嘗め尽くすことですね。

相手のなかに、自己をみることでしょう。

2011/6/1706:20:39

自己が確立している人のイメージを、しっかりと持つことです。周囲の人でもいいし、スポーツや芸能の世界で活躍している人でもかまいません。歴史上の偉人ならなおさらよいです。

生きた見本がないと、見習うわけにもいきません。あれこれ頭で考えたり、本を読んだりして、仮に理解できても、行動に移れません。

まずは具体的なイメージを持つことから始めることだと思います。

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