ここから本文です

歴史は仮説を立てる事から始まる。

龍次さん

2011/6/2919:12:15

歴史は仮説を立てる事から始まる。

特に古代史については。仮説を立てその後の発掘調査等により新しい事実が出て初めて立証出来るものだと思う。
特に、諸説あるものについては、具体的なものが出てやっと定説になる。
邪馬台国の所在地は何処か、歴史上の人物とされている人のうち実在の人物かどうか疑わしい人、又、まことしやかに語られているが実話かどうか、等である。仮説が実証されたとき異説を唱えてた人が急に黙りこくってしまつたり、見苦しい言い訳をしたりする事もある。
只、実証されないうちは諸説入り乱れるのも仕方ない。
古事記にある神話をどう考えれば良いのか。天孫降臨、いや、そもそも神の存在を信じるのか否定するのかどうか。
イザナギ、イザナミ命から始まり、天照の大神、スサノオの命、大国主の命のエピソード(失礼神話)をどう考えれば良いのか。
天岩戸に天照の大神が隠れたとたん太陽がなくなり夜になつた。これは皆既日食ではないのか。とすれば説明はつくが、それと天岩戸の神話が事実かは別の話でしょう。
神を信じるのは大事なことである。困った時の神頼みと言う言葉もある。
只、歴史学として神だけの世界があり、その後人類が地球上に存在する過程を古事記の記載だけで十分な説明となるのでしょうか。勿論そこには人類猿の存在もある。
又、人類学という学問もある。
質問ですが、歴史学として、人類学として人類誕生の前について考え方を教えて下さい。

補足人類学は人類誕生後の学問であるとの事ですが。
研究テーマである人類の生い立ちを無視してその後の人類を語れるものでしょうか。
又、人類学者達は人類の生い立ちに関心は無いのでしょうか。

閲覧数:
422
回答数:
3

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

shi********さん

2011/6/2921:12:17

人類誕生前という事は神々の時代(神話の時代)という事でしょうか?
基本的に神話はある歴史的な事象が背景にあるという風には考えられてはいますが、検証材料としての資料がほとんどないため、考古学的な発見がなければいわゆるファンタジーとして捉えられている向きが多いように思います。西洋では聖書などを神学として研究されているようですが。人類学的には何故そのような神話が語られたのかというような研究はあると思いますが(具体的にどのような研究がされているかは申し訳ありませんが分かりません)あくまで、神話を語った時代の人類に対する研究です。
進化論学的な意味での人類誕生前であれば、前回答者様のおっしゃるとおりで、人類誕生以降が研究対象です。それ以前は古生物学のテリトリーになります。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

jig********さん

2011/6/2922:52:15

歴史学は文字史料を検討する学問であり、神話は文字史料の中には含まれないこともありますので対象外ですね。
人類学は人類発生後を扱うというのは前の回答者様のいう通りです。人がどこから人であるかは生物学の範疇ですね。人類学でいうなら生い立ち期のような未熟期はつまらないですよね。

mak********さん

編集あり2011/7/122:47:26

歴史学は人類誕生後を学問領域とします。人類学・文化人類学も同じです。
科学が無い時代に、人類の不思議を説明するため、伝説が生まれました。それだけです。

補足
「生い立ち」とは誕生してからの成長過程のことです。
即ち、人類誕生後の生い立ち(形質的・文化的発展過程)を人類学では研究していますので、なんら齟齬はありません。
誕生以前は、やはり人類学ではないですね・・・。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる