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日本の大飢饉がどこで起こり、どれだけの方が亡くなったのか教えてください。 大...

mic********さん

2011/9/916:08:34

日本の大飢饉がどこで起こり、どれだけの方が亡くなったのか教えてください。
大飢饉の始まりは、安政ですか?天保ですか?歴史のことはあまりよくわからないのですが
私でも分かるように教えてください。

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ベストアンサーに選ばれた回答

jas********さん

2011/9/917:45:01

「日本災異志」によると、567年から1869年まで大小合わせて225回も飢饉が発生し、内江戸時代だけで35回に達したといます。

この中でよく知られている飢饉は

・養和の大飢饉 1181年に京を含めて西日本一帯を天災(日照り、大風、洪水など)が襲う。数万人の死者を出したという。


・寛正の大飢饉 1461年に発生した中世最大の飢饉

前年(1460年)の長雨、異常低温、台風により、近畿、山陰、北陸地方が大飢饉となる。餓死者は8万人を超えたという。


・寛永の大飢饉 1642~43年にかけて起った飢饉

1636年に九州で発生した牛疫病から始まる。西日本での日照り、北陸、東北、関東の長雨や冷害などの異常気象による全国規模の凶作、虫害や洪水の被害も多かった。餓死者は全国で5~10万人といわれる。


・享保の大飢饉 1732年に西日本一帯を襲った飢饉。天候不順とセジロウウンカ、トビイロウンカが大量発生したことによる蝗害(こうがい)が原因

「日本災異志」では餓死者は12172人(過少報告の疑い大)、「徳川実記」では96万9900人とある。


・天明の大飢饉 1782~87年 全国規模に起った飢饉。特に東北地方の被害甚大。原因は1783年7月の浅間山大噴火、1782年に各地で大雨による洪水、関東地方の大地震、1787年まで続いた天候不順。

死者数は100万人余(浅間山の大噴火、洪水被害、病死者数を含む)


・天保の大飢饉 1832~39年に起った飢饉。連年の日照りや大雨などの天候不順、冷害(各地で冷夏が繰り返される)が原因。

推定死者数20~30万人で、東北地方だけで10万人余。1日に7~8人が餓えのため倒れたという記録がある。ただ餓死より疫病死の方が多かったという。

ベストアンサー以外の回答

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her********さん

2011/9/916:48:20

飽くまで日本の記録に残っているデータです。

養和の飢饉 1181年 関西地方 正確な数値は不明。京都市中での死者は42,300人(方丈記)
寛喜の飢饉 1230年~1231年 国内全体 正確な数値不明
長禄・寛正の飢饉 1459年~1461年 国内全体 1461年の京都の死者は82,000人 正確な数値不明。
寛永の大飢饉 1640年~1643年 国内全体 死者不明
享保の大飢饉 1732年 西日本一帯 餓死者12,000人(徳川実紀によれば969,900人)
天明の大飢饉 1782年~1788年 後見草曰く20000人ほどだが、実態は200,000人ほど
天保の大飢饉 1833年~1839年 日本全国 死者不明
昭和東北大飢饉 1930年~1934年 東北地方 死者不明。 満洲事変の原因

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