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創価学会はよく「法華の慢は許される」と言いますが、その根拠になっている文証は...

vwi********さん

2011/9/2000:55:15

創価学会はよく「法華の慢は許される」と言いますが、その根拠になっている文証は何でしょうか?
日蓮の残した言葉にあるのでしょうか?
日蓮の言葉にあるとすれば、日蓮はどこからその根拠を持ってきたのでしょうか?

あるいは法華経に「法華の慢は許される」という文証があるのでしょうか?

また、法華経系の他の宗教でも「法華の慢は許される」と言っているのでしょうか?


以上の点につきまして詳しい方がおられましたら、どうかよろしくお願いいたします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

mot********さん

編集あり2011/9/2021:41:22

信仰者としての観点からの見解になりますがご了承ください。

まずは法華経受持者第一の文証です。

「能(よ)く是(こ)の経典を受持すること有らん者も亦復(ま)た是(かく)の如く、一切衆生の中に於(お)いて、亦(ま)た為(こ)れ第一なり」
(薬王菩薩本事品第二十三,『妙法蓮華経並開結』創価学会,p.596)

次に法華経第一の文証です。

「一切の諸の経法の中に於いて、最も為れ第一なり。(中略)諸経の中の王なり」(同上)

以上の文証から、法華経が第一であるがゆえに、それを保った人もまた生きとし生けるもののなかで第一であることが裏付けられます。大聖人は法華経に脈打つこの誇り高き精神をそのまま継承されたわけです。そしてそのことが「慢心」に該当するのではないかと自問自答された末に、以下の結論を導き出されます。

「現に勝(すぐ)れたるを勝れたりという事は慢ににて大功徳なりけるか」
(撰時抄,『日蓮大聖人御書全集』創価学会,p.289)

「問うて曰く自讃は如何、答えて曰く喜び身に余るが故に堪え難くして自讃するなり」(法華取要抄,同上,p.334)

字数の関係で最低限の文証だけを挙げているので、これだけだと甚だ説得力に欠けると思います。前後の文脈に、以上のことを大確信でもって断言するための厳密な論証が展開されているので、ぜひご自身で確認してみてください。

>また、法華経系の他の宗教でも「法華の慢は許される」と言っているのでしょうか?

これについては把握しておりません。申し訳ないです。


もし納得いかない部分がありましたら、補足でお教えください。

質問した人からのコメント

2011/9/26 19:20:06

ご回答いただきありがとうございました。大変参考になりました。

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