ここから本文です

1982年 日本シリーズ『西武vs中日』

ish********さん

2011/10/1712:29:13

1982年 日本シリーズ『西武vs中日』

この年の日本シリーズ。
西武の4勝2敗。
中日は、ピッチャーがいなかったのでしょうか。
小松辰夫、鈴木孝政(名前の字が違っていたらスミマセン)が、やたらと登板していたようですが・・・

閲覧数:
144
回答数:
2
お礼:
50枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

mil********さん

2011/10/1713:18:55

シーズン16勝の勝ち頭だった都投手が、先発した第2戦の1回トップバッター石毛の打球が足に当たって怪我をして力を出せなくなった、というのがピッチャーが苦しくなった原因です。

小松(5試合登板)、鈴木(4試合登板)の両投手は抑えの経験もあって連投がききやすかった、と判断したのかもしれませんが、確かに使いすぎですね。今からすると、もっと郭(1試合登板)を使えばよかったとも思いますが、当時は初めてローテーション入りした年でもありまだ信頼が薄かったのでしょね。

質問した人からのコメント

2011/10/20 23:25:48

都投手のケガですか。
残念でしたね。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

mil********さん

2011/10/1713:12:39

いないわけでもなかったんですが、西武と比べると層は薄かったかと。

小松、鈴木の他にも三沢淳や都裕次郎も先発中継ぎとフル回転。
特に2勝3敗で迎えた第6戦はその4人が全員登板する総力戦でした。

シーズンでは先発で二桁勝利したのは都だけであり、
鈴木、三沢、郭源治らで何とか回していた感じ。
小松はシーズン序盤で怪我をし、復帰後は抑え。

そういう台所事情も手伝ってのスクランブル登板でした。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる