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三島由紀夫9歳の文「大内先生を想ふ」

eru********さん

2011/11/501:38:14

三島由紀夫9歳の文「大内先生を想ふ」

ヂリヂリとベルがなつた。今度は図画の時間だ。しかし今日の大内先生のお顔が元気がなくて青い。

どうなさッたのか?

とみんなは心配してゐた。おこゑも低い。僕は、変だ変だと思つてゐた。その次の図画の時間は大内先生はお休みになつた。御病気だといふことだ。ぼくは早くお治りになればいゝと思つた。

まつてゐた、たのしい夏休みがきた。けれどそれは之までの中で一番悲しい夏休みであつた。

七月二十六日お母さまは僕に黒わくのついたはがきを見せて下さつた。それには大内先生のお亡くなりになつた事が書いてあつた。むねをつかれる思ひで午後三時御焼香にいつた。さうごんな香りがする。そして正面には大内先生のがくがあり、それに黒いリボンがかけてあつた。

あゝ大内先生はもう此の世に亡いのだ。

僕のむねをそれはそれは大きな考へることのできない大きな悲しみがついてゐるやうに思はれた。





これが9歳の文・・・既に「行間」も「技巧」も把握した上でこの文章はかかれている
それこそ読書量のたまものであると思うけど、またこの文には年に似つかない繊細な感性や知性をも感じる
これが天才か・・・とひれ伏しました。あなたはどう思いますか?

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shi********さん

2011/11/513:29:00

先生が亡くなるという主題は何か川端康成の足袋という掌編に通じるものを感じます。後の三島と川端の関係を考えると何か偶然とは思えないような気もするのですが、九歳の三島が川端の足袋を呼んでいたとは思えませんし、もしかしたらまだ書かれていなかったかもしれません。

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