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歴史の問題の質問です。世界史の課題がでたのですがわからないので教えてください...

kii********さん

2011/11/2822:59:51

歴史の問題の質問です。世界史の課題がでたのですがわからないので教えてください。
ムガル帝国における皇帝アウラングゼーブの支配の状況を以下の語句を用いて200字以内で説明せよ

語句:ジズヤ ヒンドゥー 領土
あと自分で調べろ的な回答はやめてください

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ベストアンサーに選ばれた回答

stlasさん

編集あり2011/11/2900:05:55

箇条書きで書くので投稿者様が自分の文字で纏めてください。

・正統スンナ派の厳格な信者として宗教に不寛容だった。
・シーア派やヒンドゥー教徒を圧迫し反抗を招く。
・アクバルの廃止したジズヤを復活。
・首都をアグラからデリーに戻す。
・帝国の領土は最大になった。
・長年の戦争などによって財政は窮乏した。
・ラージプート諸侯、シク教徒、マラーター一族など諸勢力反乱が頻発。

枝葉の情報などは教科書や参考書などを使って付け足していったらいいと思います。

頑張ってください。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

jin********さん

2011/11/3022:35:39

www

同じ学校ハケーンw

私はwikiをまとめた
↓がwiki原文ね~

wikiで知ったけどなんか悪い性格っぽいw


-----------
熱心にスンナ派のイスラム教を信仰した彼は、アウランガバードや近郊の城郭都市ダウラタバードを拠点に、大規模な外征を行い、クトゥーブ・シャーヒー王国をはじめとするインド南部の多くの有力王朝を滅ぼし、1691年には帝国最大の領土を獲得した。しかし、この度重なる遠征は財政を悪化させた。
一方、1679年にジズヤ(非イスラム教徒に課せられた人頭税)を復活させるなど、宗教政策は保守反動的なものとなり、他宗教に厳しい弾圧を行ったため、ラージプート族、マラータ族、シク教徒などの反乱が激化し、1674年にはシヴァージーがヒンドゥー教徒のマラータ王国を建国するなど、帝国はしだいに分裂の方向に向かっていった。
-----
アウラングゼーブはアクバル帝以来ムガル帝国で進められてきたイスラム教徒と非イスラム教徒の融和政策と、その結果として一定程度実現された信仰の自由と宗教間の平等を破壊し、シャーリアの厳格な適用によってイスラームの優位に基づく秩序を復活させた。故にイスラーム復古主義者の間ではアウラングゼーブを「護教者」とする見解が主流だ。一方現代的な多元主義者は、アウラングゼーブはイスラームの中からムスリムとジンミーという二元的関係に基づく「不平等の共存」を越えた真の多元主義が生まれる芽を摘んだという意見をもつだろう。
パキスタンでは建国の経緯からイスラーム復古主義と世論の親和性が強く、アウラングゼーブは国民的英雄とされており、インドでアクバルが尊敬されているのと対照的である。

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