ここから本文です

奈良時代の話です。奈良時代は僧侶を国家機関と朝廷が定め仏教の一般民衆への布教...

sin********さん

2012/1/621:14:18

奈良時代の話です。奈良時代は僧侶を国家機関と朝廷が定め仏教の一般民衆への布教を禁じた時代だそうですが、なぜ仏教の一般民衆への布教を禁じる必要があったのですか?
よろしくお願いします。

閲覧数:
1,424
回答数:
3
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

och********さん

2012/1/621:51:26

一般民衆に布教を禁じたまでは言い過ぎかと思いますが、チャンとした僧は国家資格を持たなければなりませんでした。しかも、国家が管理運営する寺院で。また、勝手に僧となることを私度僧と言います。奈良時代は国家の安定のための仏教が必要とされました。たから、これを、国家仏教だとか鎮護仏教、鎮護国家って言います。
翻って、平安初期には、民間運営の天台宗延暦寺でも正式な僧侶となれるようになりました。天台宗の重要性はここにあります。
極論すれば、奈良時代に国公立寺院でしか正式な僧侶になれなかったのが、平安時代になって私立寺院でも正式な僧侶になれるようになったのです。

質問した人からのコメント

2012/1/13 15:59:28

成功 皆様ありがとうございました。
大変参考になりました。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
singer_rn_hn

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

ala********さん

2012/1/1113:25:21

singer_rn_hnさん

大宝(養老)律令の僧尼令五条に
布教全体ではなく寺院外での布教の禁止が書かれています。
自分で作った道場などで勝手に説教をしてはならない。

この僧尼令には他に
私度僧(しどそう)の禁止、
つまり公式の手順をとらないで僧や尼になることを禁止とか、
食物以外の布施をもらってはいけないとか、
布施をもらうのは午前中だけとか、
いろいろなことが書いてあります。

onia222さんの言う戒律ではありません。

oni********さん

2012/1/622:04:42

奈良時代の平城京に聖武天皇が大仏を建立して東大寺を建てました。
彼は其れまでのいわゆる神式に加えて、仏教によって我が国を纏めようとしました。

民衆たちが勝手に仏教になる事ではなくて統制したのです。其の為に
僧侶を国家機関と朝廷が定めた方式によって教育しました。

それが大宰府と下野を加えた3ヶ所の戒壇院です。
ウイキから引用すれば、戒壇院とは

出家者が受戒(正規の僧となるための戒律を授けられる)するための施設として、
天平勝宝7歳(755年)に鑑真和上を招いて創建された。-----

そうして戒律を授けた僧都は国家の為の
祭り事を行う為に全国の国分寺に配置された。

其の戒律の一つに一般民衆への仏教の布教を禁じていました。
其の理由としては、

①僧都たちは公務員であり、彼らが個人的な利欲の為に働く立場ではなかったからです。
②僧都たちは東大寺などで仏学以外には特に暦法について高度な教育を受けたと思われます。

暦法は元々天子の主掌する天文観測の学習であり、仏学と共に国家機密に属するノウハウでした。
そうした事を国家教育を受けていない私度僧が勝手に行ったり、

或いは資格を持つ官僧が不特定多数に教える事を許さなかったのです。

こうした事を密教とも云いますが、
其れに対して現代社会の宗教団体は誰でも入信できますが、其れは本来の宗教ではなくて

集金と集票ビジネスになっているからです。

あわせて知りたい

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる