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驚くことに、中世ヨーロッパ、とくにパリでは、街中うんこまみれだったみたいです...

sat********さん

2012/5/2222:32:27

驚くことに、中世ヨーロッパ、とくにパリでは、街中うんこまみれだったみたいですが、何故トイレを作らず、窓から捨てていたんですか?

まったく理解できません。

(これじゃあ、花の都でなく、糞の都ですね・笑)

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usa********さん

2012/5/2223:04:39

ヨーロッパだけでなく、たいていの都市はそんな感じでしたけどね。

ヨーロッパでは昔から、豚が家畜として飼われていました。
豚というのは本人は清潔好きなのですが、こと食べ物となると非常に悪食で、人糞を食べるのです。
(中国では豚小屋は便所の下に作られていました)
そのため、その辺に人糞を撒き散らしていても放し飼いの豚が食べて綺麗にしてくれたのです。
これが中世のヨーロッパの日常でした。
しかし、次第に都市部が発展して人口が増えたのに豚はいない…という状態になっていきます。
それでも人々は習慣化していた「糞尿を外に捨てる」ということを続けてしまいました。
結果、都市部は非常に不潔な状態になったのです。

当時のトイレというのは要するにおまるです。
あまり大きくないので、すぐにいっぱいになってしまいます。
貴族や金持ちの家では小間使いが中身を捨てていました。
その際に無精をして庭のその辺に捨ててしまっていたのがヴェルサイユ宮殿。
庭は庭師がちゃんと整備しているので糞尿を捨ててはいけないのですが。
しかもヴェルサイユは貴族たちが押し合いへしあいしつつ住み着いて(5000人くらい貴族が住んでいたらしい)いるものですから毎日出てくる物も相当な量に。
結果ヴェルサイユは非常に臭いことになってしまいました。
でも、ヨーロッパのどこでもそんな感じなので取り立ててどうこうとはならず。

窓から捨てていたのは、単純に手間を省くため。
どうせ街中全体が糞尿だらけなんですから「不潔」だとは思わない。
おまるで用を足したら、そのおまるは部屋の中をあまり動かさないのが基本です。
手で持って階段を上り下りするなんて「不潔」だからしません。
おまるは大きくないので1日溜まったら捨てる。
何日も溜めておくなんて「不潔」だからしません。
一声かけて窓から投げ捨てるのであればマナー違反にはならず、誰もが当たり前のように窓から投げ捨てていました。
それが日常だったのです。

当時のレベルでは日本が変だったんですけどね。
都市部で糞尿は大きな桶に溜められていて農家が定期的にそれを汲み取り肥料にするために買い取ってくれます。
また輸送用の牛や馬の糞も集めると肥料として買い取られるので、子供たちの良い小遣い稼ぎになりました。
おかげで江戸の町は大変綺麗だったわけです。
ヨーロッパの人間に言わせると「糞尿で育てた植物を食べるなんて不潔」ということになるのですが。
(開国当時の日本を見た外国人が上記のような事を書き残している)

要するに「不潔」の観念が違うのです。

質問した人からのコメント

2012/5/28 20:47:41

皆さん、回答ありがとうございました。

とても参考になります。

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kot********さん

2012/5/2315:01:46

道路が糞だらけだったため、発明されたのが、ハイヒールです。

庶民等は、窓から、汚物を捨てていました。

13世紀か14世紀頃、イタリアのメディチ家からフランスに嫁がきました。

その嫁入り道具の中にナイフとフォークがありました。

それで初めて、フランスにナイフとフォークの文化が定着します。

それまでは、手で食べていました。

日本のトイレは最古で奈良時代にできています。

発掘でわかったものですが、今の和式の形とほぼ一緒です。

おそらく小屋のようなものが、建っていたと思われます。

室町時代の絵巻物を見ると、川に張り出すように、トイレが作られています。

雨の日やトイレに行く時は高下駄を履いて行っていたようです。

平安時代には、貴族の女性は部屋におまるがあって、部屋で用を足していました。

すぐに捨てさせていますが。

平安時代は布団がなく、昼間きていた着物を掛けて寝ていました。

ですから、匂いがうつらないように、お香が発達したようです。

江戸時代に入ると汚物を買い取ってくれる業者があったことは、皆さんが言われる通りです。

それが、何処まで溯るのかはわかりません。

パリとかは、それが文化だったのでしょう。

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na_********さん

2012/5/2302:26:52

この件に関しましては、かなり誤解があると思われます。
中世ヨーロッパの都市は、都市の規模が小さく、パリやロンドンといった都市でも、4万人から5万人程度の人口でした。
そして中世都市は、必ず河川にそって造られていました。
人間の排泄物は、一定量溜まると、河川に流されていました。
しかし、近世以降になると、都市の規模が大きくなり、河川に直接流すことができなくなり、下水道が発達します。
そもそも下水道は、都市に溜まった雨水を排水するための施設で、そこに排泄物を流すようになります。
元々雨水の排水施設ですから、下水道への入り口は、道路に面しており、そこに排泄物を捨てていました。

こういったことが、面白おかしく脚色されただけのことです。

fio********さん

2012/5/2222:43:17

中世ヨーロッパの都市は、農村集落に毛が生えたようなもので、都市装置はほとんどありませんでした。

古代ローマの諸都市が、水道、道路、劇場、そして下水道完備であったことに比べると、中世都市にはカテドラルくらいしかなかったことを見れば、上記に合意いただけると思います。

そのため、人の排泄物はおまるで受けて、夜に「水が落ちるよ」と叫びながら窓から捨てるしかなかったのです。


時代が下がって、絶対王政華やかなルイ14世のヴェルサイユ宮殿もトイレの数が絶対的に少なく、部屋におまるを常備したり、庭でこっそり処理していたと、たぶんお読みになった本には書いてあったことと思います。

その段、明治になるまで、荷車や肥舟で収集していた日本の城下町は、はるかに清潔な都市であったことをご認識ください。
開国直後に日本にやってきた西洋人は、掃除が行き届いた点と、下の回収で清潔な都市の姿に驚いています。

mal********さん

2012/5/2222:39:55

トイレはありましたよ。今で言うおまるに近いものですが。
トイレがあったって水洗でない以上、たまったものはどこかに捨てる必要があります。普通は川に捨てることを考えますが、排泄物を持って川まで行くのは結構大変ですよ。

江戸の町のような汲みとり専門業者がいる社会のほうが稀であること、排泄物が病気の発生源になるという因果関係が解明されていなかったこと、中世都市の過密性、そもそも都市の中に馬や豚などの動物がおり、その排泄物があったこと……など、当時の社会背景を知りもせずに冷笑しているだけでは理解なんて出来ませんよ。

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