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なぜ、イギリス帝国やフランスなどは植民地に投資してインフラ整備、原住民への教...

女子高生(偽者)さん

2012/6/802:29:12

なぜ、イギリス帝国やフランスなどは植民地に投資してインフラ整備、原住民への教育を行ったり工場、商業施設の建設などを行って

植民地を近代化させなかったのですか?
植民地をヨーロッパなみに近代化させるにはかなりの資金が必要ですが、
それで植民地にも商業都市、工業都市などが出現して大規模な経済力産出地域になってくれれば
長い目で見れば採取するよりもかなりの
利益が見込めるでしょう。
植民地の近代化を行えば結果的に「ヨーロッパ人(白人)も特をすることができた」のに
植民地からは採取のみだったのは
なぜですか?


人種差別感情があっても、
結果的に白人が儲かるならば投資などを
行うと思うのですが。

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red********さん

2012/6/808:32:58

やってますって(苦笑)
なぜか日本では、ヨーロッパ列強が植民地への教育やインフラ整備をしていないことになっていますが、これらは単なる知識不足に過ぎません。あるいは「日本だけが」そうしたことをやっていたという幻想でしょうか。

アジアで最初に建設された鉄道はインド鉄道ですが、言うまでもなくイギリスが植民地のインフラ整備の一環として導入したものです。アジア、アフリカの主要鉄道はイギリスやフランスが植民地時代に建設したか計画したものがほとんどで、その総延長は日本が朝鮮半島で建設したものとは比較対象にすらないほど大規模です。

港湾の建設や都市の整備も行われ、当時のシンガポールやマニラ、プノンペンなどは、当時の東京以上の近代都市でした。
植民地投資は日本とは比較にならないほど大規模に行われ、民間投資もさかんに行われました。この時期のイギリスを舞台にした小説やマンガなどで、しばしば植民地投資を行うブルジョワジーやジェントリーが登場しますが、こうした植民地投資はビジネスとして重要な位置をしめていたのです。このような投資によって、産業育成が行われていました。

最盛期にはイギリスにおける流動資産の大半が植民地投資に振り分けられ、その影響で本国の産業育成が遅れてドイツなどに先を越される要因となっています。

教育もむろんやっていました。学校を建設して原住民教育を施しています。彼らは自国語で教育を行ったため、旧植民地の多くが公用語として英語やフランス語、オランダ語などを使うことになっています。こうやって教育をしないと労働力として役立ちませんし、いちいち通訳を使って命令するのも面倒でしょう。現地住民の教育は植民地政策の基礎です。

実際、インドで募集した250万のインド兵は全員が英語を理解し、英語で命令を受領しています。

エリートに対する高等教育も行われました。インドで独立に関わった人物のプロフィールを確認してください。全員がイギリスの大学に留学しています(イギリスは植民地からの留学を積極的に受け入れていた)。オランダは現地に高等教育機関を建設しており、スカルノはバンドゥン工業学校(現在のバンドゥン工科大学)を卒業していますが、この学校はオランダが植民地に建設したものです。

以上

>なぜですか?

やっていました。

>植民地の近代化を行えば結果的に「ヨーロッパ人(白人)も特をすることができた」のに

そのとおりで、だから得をするために植民地投資を行っていました。その規模は「大英帝国」が傾くほど極端な規模で、日本がやっていたものとは比較対象にすらならないものでした。
というか、日本の手法はイギリスを参考にしたものです。

おそらくは、17世紀くらいの植民地経営の話しが広まっているのだと思うのですよね。植民地経営も時代によって変遷し、最初は単純な搾取でよかったものが、やがて産業の形態が変わってくると「投資」しなくては利益も上がらなくなります。
地下資源の採掘には採掘施設の建設が必要だし、採掘した資源を運ぶには鉄道や港湾が必要、取引のためには都市も必要です。また取引の規模が大きければ人も集まり、必然的に都市の規模も大きくなる。

20世紀にはこうした投資が巨額に膨れあがり、一方で民族意識の高まりから独立機運が高まって、植民地の維持コストが増大していきました。投資が増える一方で利益は減るという悪循環で、しかしこれまでの巨額の投資を考えればむざむざ手放すこともできない。
そうしたジレンマに列強は陥っていきます。もともと植民地が少なかったアメリカは、こうした植民地主義と早々に決別してフィリピン独立を決定しましたが、利益を考えれば当然の行動だったわけです。

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ina********さん

2012/6/803:59:17

当時のヨーロッパは市民革命によって民衆の権利が確立される段階でした。
国内のインフラ整備、教育、富国強兵などの政策を行っていて植民地の人々をかまっている状況ではありませんでした。
また、国内から搾取される人々が少なくなった分、ヨーロッパ各国は植民地からの搾取に力を入れるようになりました。
そして、植民地からの搾取や人種差別を悪いことだと考える人はいませんでしたし、仮にいたとしても自分たちの豊かさを手放してまで植民地の人たちの幸福を願う人はほとんどいなかったはずです。
ちょうど封建時代の貴族たちが民衆から搾取することや奴隷の存在を悪いことだと考える人が誰もいなかったように。

kak********さん

2012/6/803:20:51

うーん、一理あるような気がしますが、やはり時代背景を考えると難しいかも。
植民地というものは英仏の場合、自国の商品の売り場という役割が重要です。
つまり産業革命によって大量生産が始まり、英仏はその商品の売り先が必要となります。今のように品質や価格で競争する時代ではありません。(そこまで物流が発達していませんから)とにかく植民地を確保してそこに商品を押しつける、これが当時の経済システムでした。資本家たちも自国にまだまだ資本投下の余地があったし、植民地の商品が本国に対抗できるようになったら困るのです。
ただ、特定のプランテーションには大量の資本投下をしています。これは植民地から必要な原材料を調達するためです。例えばインドの紅茶栽培は、イギリスの資本で整備されています。

もう一つ理由として考えられることは、植民地の支配層との関係です。英仏は直接支配が効率悪いことを知っており、現地の支配層と良好な関係を築き、彼らにある程度の統治を委任しています。産業の発展は中産階級の台頭を生みますから、旧支配者にとって好ましくありません。有り体に言えば、植民地は「遅れている」方があらゆる意味で都合が良かったわけです。

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