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昔の農民は障がい児が生まれたらどうしていたのでしょうか

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ID非公開さん

2012/6/911:04:01

昔の農民は障がい児が生まれたらどうしていたのでしょうか

母から、田舎では戦後しばらく間では村の部落(集落)の中でいとこやはとこと結婚する(親に強いられる)のは普通だったと聞きました。

近畿地方のことですが、これはおそらくよその地方でも良くあったことだと思います。

俗に血が濃いとダウン症など障がい児が産まれやすいと聞きました。

したがって、農民の間では障がい児で産まれたこともままあったと推測します。

そういう子が産まれたらどうしていたのでしょうか?

今みたいに障害年金や特別養護施設などなかったですよね

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wal********さん

2012/6/917:42:44

私の知る限り、障害のある子供の末路は憐れなことが多いです。

生まれつき障害があった場合、たいていは産婆さんによって「死産」として扱わたようです。

また、「間引き」といって、育てられない子供を実の親が窒息死させるケースが相次いでいました。特に江戸時代後半の北・東日本に多く、幕府は禁止令まで出しています。こういった子供達も「水子」として供養したようです。

運よく育てられても、少年・青年時代になると村社会から追放されるケースもありました。彼等は「巡礼」の名目で寺から通行手形の交付をうけ、各地を「物乞い」として施しを受けながら放浪していたようです。旅先で亡くなると、出身の近隣なら村に連絡したようですが、遠方ならば死地でひっそり葬られることもあったようです。

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質問した人からのコメント

2012/6/10 01:02:03

お二方とも参考になりました。ありがとうございます

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az_********さん

2012/6/918:40:22

「俗に血が濃いとダウン症など障がい児が産まれやすい」というのは誤りで、ダウン症は常染色体トリソミーなので、高齢出産で可能性は高くなっても、近親婚で可能性が高くなることはありません。
医学が進歩していない時代であれば、ダウン症であっても出生後すぐにわかるものではありません。新生児でも顔貌でわかると信じている方が多いのですが、新生児の臨床細胞学専門医であっても染色体検査前の診断的中率は95%程度、一般の産婦人科医では75%程度で、外観だけでなく内部機能障害等複数の特徴を組み合わせての確率です。ダウン症では、内部機能障害を併発することが多いため、出生直後からNICU等で医療を必要としているような場合では、産婆が手を掛けるまでもなく生きられない子であったと思われます(内部機能障害が無くても、哺乳に問題が生じたり、幼児期の免疫力が低かったりと、乳・幼児期の死亡率が高くなります)。
問題となったのは、四肢欠損等の見た目ですぐわかる障害ではないかと思います。
なお、養護施設は、養育者がいなかったり、虐待等で親と一緒に暮らすことが出来ない子達が生活する施設であり、障害児のための施設ではありません。

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