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阪急電鉄創業者の小林一三氏は現代の私鉄経営の基礎を作った偉大な実業家ですが、...

fee********さん

2012/6/1002:48:34

阪急電鉄創業者の小林一三氏は現代の私鉄経営の基礎を作った偉大な実業家ですが、もしも小林一三氏がいなかったとしたら、現在の私鉄経営はどう変わっていたと思いますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

kar********さん

編集あり2012/6/1003:36:43

w別に何も変わりません。何一つです。

私鉄経営の雛形を築いたのはアメリカのインターアーバンの経営者たちです。日本の都市生活の雛形はすべてアメリカの影響を受けていると見て間違いありません。小林を含め日本人経営者たちは日本の数十年先を行くアメリカ経済界の状況を調べて学んだだけです。

一言で言って、小林十三氏の過大評価だと思います。
郊外への電気鉄道も住宅団地も遊園地経営もターミナルデパートも、すべてアメリカが先行しています。これらは洋雑誌を読む気があれば当時誰でも知りえた情報です。

http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_E._Huntington
偉大な?経営者としてこの人を紹介しましょう。ロサンゼルス市が今ある姿はこの人が創造したといっても過言ではありません。
パシフィックエレクトリック電鉄を中心に都市開発なら何でも手がけました。ロサンゼルス市南方の海岸線にハンティントンビーチとして名を残しています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Pacific_Electric_Railway
http://www.youtube.com/watch?v=iCTyMo8vak4&feature=related
京急が赤色になったのはこの電鉄の真似ですし、名古屋鉄道の形式名の独特のローマン書体もこの電鉄の真似です。どこの日本の経営者もアメリカに直接学んでいるんです。阪急を真似した訳じゃありません。

質問した人からのコメント

2012/6/16 11:17:10

驚く へ~。
アメリカが発祥だったんですね。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

uwh********さん

2012/6/1008:23:23

小林一三氏は元々ダメダメ社員だったそうです。物書きを目指すも、世間体から銀行に就職するもほとんど出社することなく数カ月が過ぎて、「いつ辞めてやろうか」という感じだったとか。
時を同じくして、阪鶴鉄道(はんかくてつどう)の計画が持ち上がりますけど、国に召し挙げられて頓挫(のちの福知山線になります)そこで、目的地を変えて鉄道建設は続きますけど(有馬温泉を目指す)出資者のやる気は半減。そこで、銀行側の担当者として小林氏が就任。当初の目的から変わっていた鉄道建設、「どうせ成功するはずがない」ということで小林氏に白羽の矢が立ったそうです。資金不足から北浜銀行(現在はありません)に出資を求めますけど(小林氏の個人的なつてで)そこで小林氏は鉄道経営に対する覚悟を求められます。そこで自らも出資者となって箕面有馬電気軌道の設立にこぎつけます。
それでも資金難から有馬温泉まで鉄道を敷設することはできず、宝塚どまり。
今のような阪急のやり方をしなければ、箕面有馬電気軌道はあえなく倒産の憂き目にあっていたと思われます。また、小林氏がいなくても、他の経営者がやっていたのではないでしょうか?

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