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兼六園のとなりの城跡についてです。

non********さん

2012/8/2906:31:25

兼六園のとなりの城跡についてです。

江戸時代、加賀藩の庭園として造られました。1676年に5代藩主前田綱紀が「蓮池亭」を造り、その庭を「蓮池庭」と呼んだのが始まりとされています。これは、蓮池門を入った辺りであり、現在7つある門の中で正門とされています。当時は、金沢城の外郭として城に属していました。




という文章の蓮地門とは、兼六園の隣の城跡にある石川門のことですか?
詳しくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

mug********さん

編集あり2012/8/2908:34:23

石川門の名は利家入城の頃からの名前で、石川郡に向かう時に使われた搦め手門に由来しますから最初から石川門です。
現在石川門と兼六園の間は道路になっていますがここは昔といっても明治44年(1911)まで百間堀、またの名を蓮池堀という名前でした。そして城郭の一番南に位置する尖った部分、ここで堀は蓮池堀と西側の「いもり堀」に分断されていました。そこにあったのが蓮池門だと思います。現在の兼六園の蓮池門口に最も近い場所にあたります。 金沢城古絵図より

質問した人からのコメント

2012/8/30 04:46:49

笑う ありがとうございます!!

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