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文学で言うところの不条理って無神論と違うの?

tak********さん

2012/9/1717:14:57

文学で言うところの不条理って無神論と違うの?

この世界を創造した神は存在せず、従って世界の存在に意味はない。
意味のない所に如何なる価値も、また善悪も存在しない。
つまり善行が報われるとも限らないし、悪行が罰せられるとも限らない。
死んだら全てがおしまいで、全てが許される。
だから神への信仰とか、善い行いなど心がける必要も無く、生きたいように生きればいい。
どんな極悪非道の行いをしようが死ねば全て終わりなんだから。
我慢なんてしてちゃもったいないよ〜!

不条理も無神論もおおよそこんな感じじゃない?

補足mgtks2さん
カミュ、サルトルの場合、不条理、無神論、ひいては実存主義に至るまで全て繋がっているのだと私は解釈している。
draw〜さん
発想や理論の突飛さは不条理文学によく見られる兆候だが、これらは理性(つまり神の意志)を否定した無神論と繋がっており、また理性が人間のご都合主義でしかないことを示している。
veluableさん
徹頭徹尾間違いだらけなので全部指摘していくと字数が足りない。誰か代わりに反論してください。

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ベストアンサーに選ばれた回答

mgt********さん

2012/9/1720:15:18

そういう考え方が大嫌いだったのですが、最近認められるようになったというか、むしろ支持できるようになりました。

不条理と無神論についてですが、サルトルの「嘔吐」を読むと、大した違いは無いように思います。この世には何もない、存在さえも無であるという思想を感じました。
しかし、不条理文学に代表されるカフカやカミュの作品を読むと、無神論とは別物だと思います。カフカとカミュの作品をたくさん読んだわけではないですが、例えば「変身」や「異邦人」で考えてみると、やるせない現実への嘆き、叫びが不条理のように感じました。

個人的には、重なる部分は多いが、別物であると捉えています。

ベストアンサー以外の回答

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龍一さん

2012/9/1803:28:59

不条理って無神論と結び付けて考えてもよいのですが、
二行目以降の立論は単純な間違いです。

「この世界を創造した神は存在せず、従って世界の存在に意味はない。」とお書きですが、古来からある既成宗教で宗教で神の存在を「意味の在不在」において考えたりはしませんよ。例えばキリスト教だと、原罪と救済が語られますけれど、それは意味の問題ではないでしょ?仏教の輪廻転生からの解脱も「意味」において解釈したりしません。元来、ギリシャで哲学が生まれたのも、かの地で東方から輸入された神と在来の神の間の不整合に気づいた時、神という世界の解読装置を捨てて理性による世界の解釈が始まったということです。
まあ最初に文学ではなく宗教から説明するのは、宗教は文学といえるからなのですが。

次に、狭義の文学での不条理というのは、基本、「意味がない」として厭世的な意味で神の不在を嘆いたり、善悪が存在あるいは機能しない状態ではありません。神の存在へのおびえや神による人間支配からの脱出や、「生存の意味からの開放」が頻繁に語られます。
お書きになっている「だから神への信仰とか、善い行いなど心がける必要も無く、生きたいように生きればいい。どんな極悪非道の行いをしようが死ねば全て終わりなんだから。」というのは、少年法に守られた中学生の論理でしょ?「殺しても殺されない。」という。
成人が犯罪を犯せば刑罰が待っているんですから。

人間が世に生まれ、食っていかなければならない場合に、たとえば狩猟や農耕を行う。獲物が大きい場合や田畑の維持には人間間の協力が必要だ。協力を担保するためには、そのコミュニティを延命させなければならない。コミュニティ内部の争いはコミュニティの矮小化につながるのでルールを決める。ルールの無視を「悪」と定め、排斥対象とすれば、神なくして「悪」は成立するでしょ?

それから「意味のない所に如何なる価値も、また善悪も存在しない。
つまり善行が報われるとも限らないし、悪行が罰せられるとも限らない。」
というのは、論理になっていません。」
善悪の存在不存在が、なぜ、「つまり」という接続詞を解して、「善をを施しても報われない」に繋がるのですか?
善を施しても報われないのは不条理ですが、善悪の存在からは独立的でしょ?
ですからこの二つの文章は論理になっていません。

最後に無心論者が「意味が不在」などといってお書きのように「人間は反社会的行動をとる」なんてのは、文学作品にほとんどありませんよ。ドストエフスキーのことを言ってるんですか?

神によって、人間の生や自由を左右・収奪されたくないというポジティブな人間の態度が無神論です。ネガティブに捕らえた文学作品もありますが。もちろん条理を司る神が不在なのですから不条理ではある。その不条理をどう生きるかが文学の主題のひとつです。

dra********さん

2012/9/1722:56:25

無神論的な不条理小説もあるかもしれませんが、
原則的に、不条理小説と無神論は無関係だと思います。

不条理と一言でいっても、その範疇は多岐に渡り、一概にこうとはいえません。でも多くの人が不条理に見だす要素は、
「発想の突飛さ」や、「ありえない論理のシュールさ」「現実のやるせなさ」などだと思うのですね。
勧善懲悪的な思想に基づかないもの=不条理、というわけではないと思いますよ。

また、無神論=道徳否定、でもないと思いますよ。
無神論は、宗教による世界観を本物だと思わない、という思想的スタンスを意味するだけで、
別に「神はいないので悪いことをやって栄ようぜ!」という思想ではないと思います。

たぶん日本人の九十パーセントが天国も地獄も信じていないでしょうが、
だから「犯罪をしよう」とは思っていない・・・はずです。

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