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富士山の高さを、測ったのは誰でしょうか。 また、高さの歴史も解ったら教えてく...

spmt001さん

2012/10/1512:16:56

富士山の高さを、測ったのは誰でしょうか。
また、高さの歴史も解ったら教えてください。

補足富士山の高さの歴史のことです。

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25,565
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ベストアンサーに選ばれた回答

2012/10/1815:04:49

富士山の高さを、測ったのは、前のお二方の
アンサーでいいでしょうね。
そこにつけ足すとすれば、
「運歩色葉集」に、
孝霊帝善記3年日辰3月15日
一日夜地を従えて湧出す。その祖高さ一由旬なり。とあります。
一由旬とは、古代インドの単位で、牛車が一日に進む距離
7.4kmを言いますので富士の高さを7000m以上としています。
富士の高さを数値として言及した最初でしょうね。
本格的に富士の高さが測られるのは
享保12年福田覆軒で、彼は35町6分2163としました。
メートルに換算すると約3859mですね。
伊能忠敬は3794.7m
文政11年に二宮敬作が気圧計で3794.5m
同じころ
ペリーは三角測量で、2400~3000mぐらい
オリファントが3900m
富士登山を行ったオールコットは、噴火口縁を13977フィート
剣ヶ峰を14177フィートと計測しています。
日本側の測量が外国人より50年から150年も前にもかかわらず
圧倒的に数値がいいんですよね。
正確に測定されたのは、大正も末になってからですが
江戸期の日本人による測量技術はなかなk大したものなんですね。

質問した人からのコメント

2012/10/20 07:15:00

成功 ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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2012/10/1518:17:31

1727年(享保12)に福田某(履軒か?)が3895mとしています。徳川吉宗の時代。吉原の宿(現在の静岡県富士市吉原)より富士山頂を直角三角形とその比例で測ったのが最初ではないか……と思われます。
その後、1803年(享和3)に日本を自らの足で測量して歩いた伊能忠敬が富士山測っています。伊能忠敬は、方位盤と象現儀を使い3928mという高さを出しました。
その後シーボルトが1823年に伊能図より距離を読み取って六分儀を使い測定しています。六分儀はロンドン製の15秒読みのセキスタントといわれているもので、3793mと記録されています。
幕末の和算家・内田恭が1834年(天保5年)に占気筒と呼ばれる液柱式気圧計で測定したときの記録が、3476m
1860年、外国人で富士山初登頂を果たした、初代英国大使・オルコックは気圧計を使って高さを割り出し、4322mと記録。
東大の前身である開成学校の教師だったクニッピングは生徒とともに沼津と山頂で気圧計の同時観測を行いました。二カ所ではかって3829mと3729m。
1880年、東大教師のメンデンホールらが富士山頂での重力、地磁気測定をした際に気圧計による計測も実施した結果が3823m。
同年、東大教師のチャップリンの三角測量による値が3787m。
1887年、参謀本部が行った三角測量、平板測量の結果が3778m。
関東大震災のあと改めて三角測量をした1926年(大正16年)復旧測量で得られた結果が3776m。
今回の東日本大震災でも復旧測量がおこなわれ、現在の富士山の標高(二等三角点富士山)は、3775.63mと決定されています。

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